2017年8月13日(日) 神さまは名コーチ その2
私は高知県でただ一つのミッションスクール、清和女子中高等学校で校長をしています、黒田と申します。
私たちの学校は高知県の南国市にあります。南海トラフの大地震が来ると、高さ30メートルを超す津波が来るかもしれないと言われて、避難訓練を毎学期行います。
訓練のときに指導してくれる消防士さんが言いました。「先生たちが生きている間には来ないかも知れないけれど、生徒さんたちが生きている間には必ず来ますからね。」南海トラフの大地震はどうだか分かりませんが、人生、いつ何が起こるか分かりません。しかし、どんなハプニングが起こったとしても、対応できるように支えてくれる名コーチ、イエス様がいらっしゃいます。だから安心なんですよね。
星野富弘さんという、口に絵筆をくわえて絵をかき、詩を添える作品で多くの人々を励まし慰めている素晴らしい方がいらっしゃいます。星野さんは大学時代、体操の国体選手でした。ついに念願の体操の先生になって数か月目、部活で模範演技をしている時の事故で首から下が完全麻痺。そして怪我の後、いのちが助かったときに、彼は思ったそうです。「食べたものを口から詰めて、尻から出すだけ…土管のような人生、生きていて何になる。俺は死んでしまいたい。」
しかし、そう言ってた星野さんが最近出された詩画集で、こう書いていらっしゃるんです。
あなたからの贈り物 固くて不自由で 私には重すぎて
でもあなたが私を選んで 贈って下さった
今では私の人生を 輝かせてくれる大切なもの
やっとお礼が言えるようになりました
この身体ありがとう (2012年)
誰にでも、こんなことがあるからだ、これさえなければ…と思うことや、時にはもう死んでしまいたい、と思うことがあるかもしれません。星野さんにとっては怪我して動かなくなってしまった身体でしたが、ある人には人間関係であったり、自分の生い立ちや能力など、人によってそれぞれに違いますが、これさえなければ…と思ってしまうものってあるものですよね。
でも星野さんは、その死んでしまいたい…と思う原因であった身体に「ありがとう。」と言えるようになったんです。素晴らしいですよね。
でもそこに至るには長い時間がかかりました。私がハワイで牧師をしていました時に、星野さんに2度ハワイに来ていただいて、詩画展を開いたことがありました。その時開いた昼食会の対談の終わりのころに、クリスチャンのアナウンサーがこんな質問をしたんです。「星野さん、もし神様があなたを怪我する前の身体に戻してやると言われたらどうします?」一瞬会場の雰囲気がサーっと変わりました。
でも殆ど間を置かずに星野さんが答えたんです。「お断りします。」また会場の空気の緊張がゆるみ、ホッとした空気が戻りました。星野さんは言ったんです。「神様がわたしに一番良いものとして下さったこの身体ですから…」
その時のことを思い出しながら「この身体ありがとう」の詩を読んでいる時に、詩の最後のところに2012年と書かれているのに気がつきました。私はその年を見て感動したんです。実はハワイでの出来事は2000年でしたから、12年、頭でわかっていることを素直にありがとうと言えるようになるのに、星野さんは12年かかったんだ…と思ったんですね。
そうなんです。時間はかかるかもしれません。でもうれしいですよね。名コーチイエス様がいらっしゃいます。星野さんが「この身体、ありがとう。」と言えるようにして下さったイエス様はあなたにも、私にも「これさえなければ…」と思っていること、やがていつか、ありがとうと言えるようにして下さるのです。信じて、期待し、今日も歩きたい、そう思いますね。
聖書のことば ヘブル書12章11節(新改訳)
「すべての懲らしめは、そのときは喜ばしいものではなく、かえって悲しく思われるものですが、後になると、これによって訓練された人々に平安な義の実を結ばせます。」