2014年10月5日(日) ハレルヤ:主をほめたたえよ
おはようございます。京都府八幡市にある男山教会の宮武輝彦です。
男山教会は、1972年にアメリカからの宣教師ヴィンセント・スタブス先生によって、キリストの福音が最初に宣べ伝えられてから、42年の歩みを数える教会です。
わたしは、男山教会の牧師として、8月に、高知県の安芸市にある芸陽教会から転任いたしました。
今月、四週に亘って、聖書にある四つの言葉をみなさんにご紹介したいと思います。一つは、ハレルヤ、二つ目は、シャローム、三つ目は、ホサナ、そして、四つ目は、アーメンです。この四つの言葉は、世界中どこでも通じる神さまの救いのわざを伝える言葉ですので、ぜひ覚えてください。
今日は一つ目、「ハレルヤ」をお伝えしたいと思います。
ハレルヤ、という言葉は、「主をほめたたえよ」という言葉です。言葉の響きを聞くだけでも、心が明るくなるような言葉ですが、文字どおり、神さまの栄光、その輝きをほめたたえる言葉です。
旧約聖書の詩編には、ハレルヤ詩編と呼ばれる一連の詩編があり、その中に、このような歌があります。
「すべての国よ、主を賛美せよ。すべての民よ、主をほめたたえよ。主の慈しみとまことはとこしえに わたしたちを超えて力強い。ハレルヤ。」と。(詩編117編)
ここで、ハレルヤ、との賛美の声に、「すべての国」「すべての民」の人々が招かれていることに注目したいと思います。それは、神さまの独り子イエス・キリストの十字架の死からの復活、そして、天に上げられて以来、明らかになった神さまのご計画の実現でもあります。
男山教会も、最初にご紹介したとおり、一人の宣教師の伝道からはじまった教会ですが、日本の各地の教会の多くが、世界各地からの宣教師の活動によって、その歩みを導かれてきました。そして、世界の宣教のはじまりは、まさしく、キリストの復活以来、イエス・キリストが約束された聖霊が、エルサレムに集う、弟子たちの内に降ってからのことです。
イエス・キリストの十二弟子の一人、ペトロは、各地の教会に宛てた手紙の中でこう言いました。
「わたしたちの主イエス・キリストの父である神が、ほめたたえられますように。神は豊かな憐れみにより、わたしたちを新たに生まれさせ、死者の中からの復活によって、生き生きとした希望を与え、また、あなたがたのために天に蓄えられている、朽ちず、汚れず、しぼまない財産を受け継ぐ者としてくださいました。…あなたがたは、キリストを見たことがないのに愛し、今見なくても信じており、言葉では言い尽くせないすばらしい喜びに満ちあふれています。それは、あなたがたが信仰の実りとして魂の救いを受けているからです。」ペトロの手紙第一 1章3節から9節。
ここには、ペトロの信仰が、まさしく、深い喜びと慰め、そして、希望に満ちていることが伝えられています。「ハレルヤ」とは、今、キリストの復活を知る者にとって、このペトロと同じように、神がわたしたちに新しい命を与えてくださったことを信じて、主イエスを賛美することそのものです。ちなみに、毎年、春分の日の後の最初の(満月後の)日曜日にささげられるイースター礼拝は、この主イエス・キリストの復活をとくに記念して、ささげられるものです。
そして、キリスト教会が毎週日曜日に礼拝をささげるのは、主イエス・キリストが一週のはじめの日に十字架の死から復活されたことを覚えるためです。今日も、世界各地、日本の各地でささげられる、キリスト教会の礼拝では、「ハレルヤ」と主イエスの復活を信じつつ、賛美の声をささげています。