2014年3月23日(日) キリストの愛による教育
おはようございます。南与力町教会会員、安部順子と申します。今朝は、わたしの母校清和学園についてお話したいと思います。
わたしが入学した頃は清和女子中高等学校といっていました。高校受験でどうして清和を選んだかは、とても単純な理由からです。中学2年生の3学期に信仰告白。クリスチャンになったのでキリスト教主義の学校にいかないといけないと思い込んでいました。勿論その当時山田教会の牧師であった山崎謙二先生が薦めてくださったからでもあります。
さて学校での思い出のなかで一番心に残っているのは、鉄棒の逆上がりが出来たことです。小学校で出来なかった逆上がりが、高校生でできたなんてちょっと不思議でしょう。清和学園は、現在南国市明見にありますが、その当時は高知市本宮町にありましたので、土佐山田から、汽車通学でした。体育が苦手なわたしは、授業が始まる前に逆上がりを練習するために、5時におきて始発列車に飛び乗って、学校に一番にのりで登校。運動場の片隅にあった鉄棒に何度も何度もぶら下がりました。1ヶ月も経たないうちに、ある日逆上がりが出来たのです。わたしの不可能が可能になったのです。やる気にさせてくれたのは、当時の体育の先生であり主任だったN先生でした。この子は運動神経がないので逆上がりはどうやっても無理だろうとあきらめずに、上手に励まし応援してくれました。キリストの愛、神様の愛による教育で、わたしたちの本当の成長を願ってのご指導の中で3年間過ごすことができた恵みは、ほかの学校では得ることが出来ないように感じます。年を重ねるごとにますます分かってきました。この世での先生の先生はキリストです。清和学園はこの世でただ一人しかいない本当の先生がいらっしゃる学校なのです。
「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ。」とヨハネによる福音者15章16節にあります。清和学園に入学したのはわたしたちが選んだのでなく選ばれたのです。とても嬉しく喜ばしい出来事なのです。主がいつもともに居てくださり、どんなときでも励まし導いてくださいます。なんという祝福でしょう。
学園報に、黒田校長先生が「せっかく清和で学んでいるのです。他校ではできない清和だから出来る経験をしてごらんなさい。」と書かれていました。わたしも、同じ気持ちです。清和には大きなチャンスがあると思います。コヘレトの言葉12章1節に「青春の日々にこそ、お前の創造主に心を留めよ。」とあります。また、ヨハネによる福音書15章に「わたしがあなたがたを愛したように互いに愛し合いなさい。これがわたしの掟である。友のために自分の命を捨てることこれ以上に大きな愛はない」と書かれています。
もう一つの大きな恵みは、清和では競争でなく協力を学ぶことが出来るところです。協力するのは競争するより難しいのです。一人ひとりの思いや性格などをほんとうに理解していないと出来ません。そして、まことの愛がないと、よい協力ができないのです。勉強がいくらよくできても、協力が出来なければ、よい働きは出来ません。多くの方々が清和学園で学び、平和を実現する人が増えていくことを切に祈ります。