2011年6月5日(日) 神さまの変わることのないご計画

 おはようございます。芸陽教会の宮武輝彦です。

 私たちは、色々な計画を立てながら生活をしています。それは日課であったり、さまざまな事業の計画や人生の計画であったりするでしょう。しかしながら、その計画のとおりに事柄が運ぶばかりとは限りません。ときには、その計画どおりにできなかったり、また、変更したりしながら人の計画はその実行の成り行きを見ていきます。
 ところで、神さまの救いのご計画のことを聖書では,
「秘められた計画」とか、「奥義」と呼んでいます。神さまの思いの中にあることですから、神さまがその思いを開いてくださらない限り人間には分からないという意味で、まさしく、「秘められたもの」「奥にあるもの」ということができます。

 しかしながら、その神さまの救いのご計画は、神さまのすべての人々に対する思いの中で明らかに示されながら、その実現を見てきました。その中でも最も大きな実現は、神さまの独り子イエス・キリストのお生まれになったことです。この神さまの独り子イエス・キリストのお生まれになったことを証しするのが、新約聖書です。それ以前のもの、つまり、神さまの救いのご計画の中ですべての人の救い主がお生まれになることを約束しているのが、旧約聖書です。ですから、聖書はこの新約聖書と旧約聖書で、一つの神の言葉です。

 それでは、この神さまの救いのご計画は今どのような仕方で実現しているのでしょうか。それは、世界中の人々に対してイエス・キリストがお生まれになったこと、そして十字架の死に至るまで父なる神さまのみこころに従順であったことを、その死においてわたしたちの罪を償ってくださったことを明らかにしながら、お伝えしていくことによってです。
 そして、聖書は十字架にかけられ、3日めに死者の中から復活し、天に挙げられたイエス・キリストが再び同じ有様でお出でになることも約束しています。その日に、神さまの救いのご計画は完成するのです。
この神様の救いのご計画を今わたしたちが知り、また信じることについて、聖書はこう言っています。「神は約束されたものを受け継ぐ人々に、御自分の計画が変わらないものであることを、いっそうはっきり示したいと考え、それを誓いによって保証なさったのです」ヘブライ人への手紙6章17節。
 神さまの救いのご計画を今わたしたちが希望をもって受け入れることができるのは、神さまの救いのご計画には約束と誓いが伴っているからです。つまり、神さまがこうすると決意し、おっしゃることは必ず実現するものであるからです。そして、そのとおりに実現した最も大いなる出来事を、私たちはイエス・キリストの十字架の死をとおして知ったからです。

 今、わたしたちはイエス・キリストを本当の命の主として受け入れることによって、神さまと共に生きる恵みをいただくことができます。この命は、わたしたちの身代わりとして神さまの独り子イエス・キリストが十字架上にその命を投げ打ってくださったことによって明らかになった、神の愛です。
 わたしたちに示された神の愛の大きさは、わたしたちの内に実現した神さまの救いのご計画のすばらしさによって確かめられます。それは、決して変わることのない、神さまの正しさと清さから出たものであり、そこには、私たちがいつも心に留めるべきただ一つの救いの源があります。