2009年5月24日(日)永遠の御国に入るために
おはようございます。芸陽教会の上田喜郎です。今朝も、共に、聖書のみ言葉に耳を傾けながら、イエス・キリストの救いにあずかっていきたいと願っています。
わたしたちの住む世界には、今、貧しく学校にも行けず、その日その日の生活のために働いている子供たちがたくさんいます。病気になっても、病院にも行けず、薬を買うこともできない子供たちもいます。また、宗教が異なる人々の中で、その争いにまきこまれている子供たちがおり、民族の異なる人々の中でも争いがあり、多くの子供たちが、その中で、命を奪われ、体に傷を負い、心の中に多くの痛みを負っています。
このような世界で、自分の子供の命を奪われた一人の父親が、民族の異なる人々の中での争いによって、命の大切さを教えるために、子供の通っていた幼稚園や施設を回ったことを聞きました。子供たちに向かって、二度と同じ悲しみが繰り返されないように愛の大切さを説いて回ったのです。
わたしはこの話を聞いて、イエス・キリストが、「子供たちをわたしのところに来させなさい。天の国はこの者たちのものである。」と言われ、「子供のように素直に天の国を受け入れなさい。」とも言われたことを思い出します。
また、そのような悲しみの中にある子供たちが、日本の終戦後の子供たちとよく似ていることを思い起こします。私は、子供の頃、東京にいました。そこでは焼け野原の中で、男の子は靴磨き、女の子は花売りをして、その日その日の生活のために働いている姿をよく見かけました。また、駅前や地下街には、戦地から引き上げてきた軍人や、親とはぐれた子供たちがたくさんいました。
わたしは、イエス・キリストが、「私が与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る。」と言われたことを思い出します。私たちは水を飲んでも、すぐにのどが渇いてしまいます。しかしながら、イエス・キリストが私たち罪人の身代わりに十字架について死んでくださり、三日目によみがえられ、天の御国で私たちを守り導いてくださっていると信じるとき、ちょうど、わたしたちの心の内から命の水がわき出るようになるのです。
また、イエス・キリストが、愛する弟子たちの足を一人ひとり洗われ、互いに愛し合うことを自ら弟子たちに示されたことも思い出します。それは、イエス様ご自身、「あなたがたは互いに愛し合いなさい。」と言われたとおりに、最後まで弟子たちを愛し抜かれたことでした。
私たちは、心から他人を愛せないことが多くあります。しかし、イエス様は、「あなたの敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい」と言われたように、ご自身、すべての人々のために祈り、寝る間も惜しんで、神様の御言葉を宣べ伝えられました。そのようにして、イエス様は、いつも、心を尽くして、あらゆる人々を愛され、わたしたちの最高の模範となられました。
そして、イエス様は、すべての人を天国に導き入れるために今も生きて働いておられます。十字架に死んでくだったイエス・キリストを救い主と信じた証明として、天国に入る信仰というパスポートをも与えてくださいます。わたしたちは、ただ、この信仰によって、キリストと結びつき、天国に入ることができるのです。
天地を造られ、御子イエス・キリストを遣わされた父なる神さまは、すべての人々に太陽を与え、雨を降らせ、必要なものをお与えくださるばかりでなく、ご自分にかたどって人を創造され、ご自分が造られたものを治めるように命じてくださいました。ですから、わたしたちが、今、ただ、信仰によって、わたしたちの救い主、イエス・キリストと結びついて、その救いにあずかるならば、わたしたちも、民族の違いや、社会のさまざまな違いを乗り越えて、一つの平和を人々の中に実現していくように導かれていきます。そして、キリストがすべての人々を愛して、その救いの手を差し伸べておられるように、わたしたちも、心から人々を愛し、人々のために、神様に祈るように変えられます。
どうぞ、あなたも、神の御子イエス・キリストの救いを知って、天の国に入って、つきることのない救いの喜び、永遠の祝福にあずかってください。あなたのために、心より、祈っています。