2007年4月22日(日)聖書を読む

おはようございます。山下正雄です。
「聖書」という言葉を知らない人はほとんどいないでしょう。それはキリスト教の聖典です。キリスト教というのは言葉を重んじる宗教です。聖書に書き記された神の言葉にとことん耳を傾ける宗教です。ですからクリスチャンは聖書を読み、日曜日の礼拝では聖書から解き明かされた牧師の話を聞くのです。

この「聖書」という言葉を知らない人はほとんどいないとしても、実際に聖書を目にした人となると、その数はずっと少なくなってしまうでしょう。まして、手にとって聖書を読んだことのある人となるともっともっと少なくなってしまうことでしょう。
以前、知り合いから「どこで聖書は手に入るのか」と尋ねられたことがあります。いきなり教会に行って「聖書をください」というのも気が引けるとその人は思ったのでしょう。聖書はちょっと大きな書店に行けば手に入れることができます。置いていない書店でも注文すれば簡単に手に入れることができます。わざわざ買いに行くのが面倒くさければ、今流行りのインターネットで注文することもできます。決して奥深くに隠された縁遠い書物ではないのです。あまり知られていませんが、聖書は依然として世界でもっともよく売れている永遠のベストセラーなのです。

こんなことを言うのは、ラジオをお聴きのあなたにも是非一度聖書を実際に手にとって読んでいただきたいからです。読まず嫌いにはなって欲しくないのです。永遠のベストセラーを味わって欲しいのです。

いざ聖書を読むというと、かしこまって読まなければならないと思われるかもしれません。考えただけでも肩が凝ってきそうです。最初に読むときには、普通の本を読むように読んでいただければそれでいいのです。それと、聖書の目次を見ていただくとわかるのですが、聖書は全部で66巻の書物から成り立っています。どの巻も読み切りものです。もちろん、旧約聖書の最初から順番に読んでいただければ一番よいのかもしれません。しかし、そうでなくても、目次を見て興味のありそうなものから読んでくださってもいいのです。そんなとっかかり方でも必ず聖書の中にあなたにとっての煌く言葉を見出すはずです。

実はわたし自身がそうやって聖書を読み始めたのです。中学を卒業したばかりの頃、ふとしたきっかけから、姉の本棚にあった一冊の聖書を読み始めたのが始まりでした。その頃、わたしは教会に行ったことがありませんでした。特別に宗教に関心があったと言うわけでもありませんでした。キリスト教についてほとんど何も知りませんでした。ただ、生きることには関心がありました。自分を取り巻く世界についての興味もありました。それだけの関心と知識しかなかったわたしですが、聖書を読みはじめて、聖書の不思議な世界の虜になったのです。
不思議な世界と言うのは、摩訶不思議な奇跡物語の世界という意味ではありません。聖書に記されていることの大半は歴史です。特に旧約聖書の半分以上はある一つの民族の歴史をつづった書物です。歴史と言うのは過ぎ去った過去です。過ぎ去った過去は永遠ではありません。永遠ではないものが永遠の真理を示していると言うのが不思議な世界に思えたのです。

聖書が教えている真理とは、聖書に記されているあの歴史を導いてくださったお方が、今なお生きて働いてくださり、世界を救いへと導いてくださっていると言う真理です。この聖書の世界に自分自身の身をおいて生きるときに、言い知れない喜びと平安とが訪れるのです。