2007年5月30日(水)テオピロ閣下とは誰ですか? 神奈川県 M・Mさん

いかがお過ごしでいらっしゃいますか。キリスト改革派教会提供あすへの窓。水曜日のこの時間はBOX190、ラジオを聴いてくださるあなたから寄せられたご質問にお答えするコーナーです。お相手はキリスト改革派教会牧師の山下正雄です。どうぞよろしくお願いします。

それでは早速きょうのご質問を取り上げたいと思います。今週は神奈川県にお住まいのM・Mさん、男性の方からのご質問です。お便りをご紹介します。

「山下先生、いつも番組を楽しみにしています。きょうは聖書に関する質問でお便りしました。
自分で調べなさいと言われてしまうかもしれませんが、ルカ福音書と使徒行伝の書き出しの部分に出てくる『テオピロ閣下』とはいったい誰のことなのでしょうか。『閣下』と呼ばれるからには地位の高い人と思われますが、なぜか使徒行伝の方では『閣下』とは呼ばれず、単に『テオピロ』と呼び捨てにされています。そのあたりの違いについても教えていただきたいと思いました。
よろしくお願いします。」

M・Mさん、お便りありがとうございました。聖書についてのご質問、大歓迎です。
さて、テオピロあるいはテオフィロという人物ですが、聖書全体で見ても、わずか二回しか名前の出てこない人物です。M・Mさんがお便りの中で書いて下さっているようにルカによる福音書と使徒言行録(使徒行伝)の冒頭にそれぞれ一回ずつ名前が登場しています。そして、間違いなくルカによる福音書の「テオフィロ」と使徒言行録に出てくる「テオフィロ」は同一人物と思われます。
しかし、残念なことに、それ以上の情報は聖書のどこにも出てきません。わたしたちにとっては、この二つの箇所から言えることが、テオフィロについての最大の知識ということになります。二箇所だけとはいえ、それだけでもいくつかのことは理解できると思います。
先ずはとりあえず、その二つの箇所をそのままお読みしたいと思います。まずはルカ福音書1章3節4節です。

「そこで、敬愛するテオフィロさま、わたしもすべての事を初めから詳しく調べていますので、順序正しく書いてあなたに献呈するのがよいと思いました。お受けになった教えが確実なものであることを、よく分かっていただきたいのであります。」

もう一箇所は使徒言行録1章1節2節です。

「テオフィロさま、わたしは先に第一巻を著して、イエスが行い、また教え始めてから、お選びになった使徒たちに聖霊を通して指図を与え、天に上げられた日までのすべてのことについて書き記しました。」

まず、確実に言えることは、ルカによる福音書も使徒言行録もテオフィロという人物に献呈された一連の書物であるということです。つまり、この二つの書物の書き出しを読めば、この二つの書物が日の目を見るために果たしたテオフィロという人物の大きな影響力を思い浮かべることができると思います。テオフィロがいなければルカはこの二つの書物を書かなかったとは言えませんが、テオフィロの存在が書物を書く大きな要因であったと言えるでしょう。あるいは、テオフィロはルカ福音書と使徒言行録が世に出回るために何らかの支援を与えた人かもしれません。もちろん、それは想像の域をでませんが、そうであったかもしれません。
それから、お便りの中にもありましたが、ルカによる福音書ではテオフィロに対して「閣下」という称号が使われています。新共同訳では「敬愛する」と訳されていますが、ここで使われている「クラティステ」という呼びかけはローマの高官などに対する敬称です。ですから、地位の高い人であったということもここからうかがい知ることができます。では、なぜ使徒言行録の方では「閣下」と呼ばれないのでしょうか。考えられる理由は二つぐらいしかありません。二つの書物は同時にかかれたのではなく、ルカによる福音書が書かれ、それから使徒言行録が書かれたのです。当然、ルカ福音書が献呈されてから使徒言行録が完成して献呈されるまでには、かなりの時間がたっているものと思われます。とすれば、テオフィロはもはや「閣下」と呼ばれる地位を降りていたのかもしれません。あるいはもっと考えられるのは、著者とテオフィロとの間柄が最初の書物を著したときよりも、もっとずっと親密になったのではないかということです。
もちろん、それも、想像の域を出ないことです。単なる著者の気まぐれということもないとはいえません。

ところで、テオフィロという名前の意味ですが、テオというのは「神」を意味するギリシャ語のテオスという言葉から来ています。神にかかわる学問、「神学」のことをセオロジー(theology)と英語で言いますが、そのセオ(theo)と同じ意味です。フィロというのは語尾を切ってしまった日本語読みですが、正確にはフィロスです。フィロスというのは「愛された」という意味です。英語で哲学のことをフィロソフィ(philosohpy)と言いますが、そのフィロと同じ語源です。フィロソフィは「知恵を愛する学問」という意味ですが、テオフィロスは「神に愛された者」という意味です。
そこで「神に愛された者」という随分と意味ありげな名前であることから、テオフィロという人物は実は実在の人物ではなくて、クリスチャンを象徴的にそう呼んだのではないかと考える学者もいます。つまり、ルカはこの二つの書物をクリスチャン、あるいはクリスチャンになろうとするすべての人に捧げたというわけです。もちろん、それもまた想像の域を出ないことです。もし、テオフィロが実在の人物ではなく、クリスチャンを象徴的にそう呼びかけているとしたら、一体どんな必然性があってクリスチャンをハンドルネームで呼びかけなければならなかったのでしょうか。むしろ、素直に実在の人物と理解した方が説明が簡単なような気がします。

さて、もう少しだけテオフィロについて観てみることにします。彼は高い地位にある人物であったということは既に見たとおりですが、彼自身は既に信仰を持っていた人物なのでしょうか、それともキリスト教に興味を抱いていた求道者的な人物だったのでしょうか。あるいは、ローマの高官という立場で、キリスト教に関しての調査を担当する人物だったのでしょうか。つまり、テオフィロの報告書一つで、キリスト教のローマにおける公的な活動が進みもし、阻まれもするような力ある立場の人だったのでしょうか。おそらく、テオフィロに二つの書物が献呈されたのはそういった政治的な理由からではないでしょう。もしそうであれば、ルカは使徒言行録の序文で不用意にも「閣下」という敬称を落としたりはしないでしょう。
テオフィロの信仰的な背景や民族的な背景についてはほとんど語ることが出来ません。たしかにテオフィロという名前自体はギリシャ語の意味をもつ名前ですが、それ自体がその名前を持った人がユダヤ人なのか異邦人なのかを証明はしないからです。たとえば、パウロという名前はローマ人の名前ですが、パウロはベニヤミン族のユダヤ人でした。それと同じで、テオフィロという名前自体からはその人の民族的な背景を言い当てることはできません。
信仰的な事に関しては、彼が既にクリスチャンであったのか、それともこれからクリスチャンになろうとしている人なのか、ルカ福音書の序文を読むかぎりでは、求道者であるように読めなくもありません。しかし、それも推測の域をでないのです。