2020年12月31日(木) ナオミの大胆な計画(ルツ2:23b-3:9)
ご機嫌いかがですか。日本キリスト改革派教会がお送りする「聖書を開こう」の時間です。今週もご一緒に聖書のみことばを味わいましょう。この時間は、日本キリスト改革派教会牧師の山下正雄が担当いたします。どうぞよろしくお願いします。
結婚についての考えかたや風習は、時代や国によって大きな違いがあって、自分たちと異なる制度に強い違和感を感じることがあるかもしれません。そういう意味では、『ルツ記』に出てくるボアズとルツの結婚に至る道は、わたしたちの理解では思いもよらないことかも知れません。ただ、この二人には、家を守るという大義のために、好きでもない相手と結婚するという雰囲気は微塵も感じられません。当時の制度の中で自分たちの置かれた状況を信仰的に受け止めて、幸せを最大限に享受することができた家族の話として、安心して読むことができるのだと思います。
それでは早速きょうの聖書の個所をお読みしましょう。きょうの聖書の個所は旧約聖書 ルツ記 2章23b節〜3章9節までです。新共同訳聖書でお読みいたします。
ルツはしゅうとめと一緒に暮らしていたが、しゅうとめのナオミが言った。「わたしの娘よ、わたしはあなたが幸せになる落ち着き先を探してきました。あなたが一緒に働いてきた女たちの雇い主ボアズはわたしたちの親戚です。あの人は今晩、麦打ち場で大麦をふるい分けるそうです。体を洗って香油を塗り、肩掛けを羽織って麦打ち場に下って行きなさい。ただあの人が食事を済ませ、飲み終わるまでは気づかれないようにしなさい。あの人が休むとき、その場所を見届けておいて、後でそばへ行き、あの人の衣の裾で身を覆って横になりなさい。その後すべきことは、あの人が教えてくれるでしょう。」ルツは、「言われるとおりにいたします」と言い、麦打ち場に下って行き、しゅうとめに命じられたとおりにした。ボアズは食事をし、飲み終わると心地よくなって、山と積まれた麦束の端に身を横たえた。ルツは忍び寄り、彼の衣の裾で身を覆って横になった。夜半になってボアズは寒気がし、手探りで覆いを捜した。見ると、一人の女が足もとに寝ていた。「お前は誰だ」とボアズが言うと、ルツは答えた。「わたしは、あなたのはしためルツです。どうぞあなたの衣の裾を広げて、このはしためを覆ってください。あなたは家を絶やさぬ責任のある方です。」
ナオミたちがモアブからベツレヘムにやってきたのは、大麦の刈り入れが始まる季節でした。きょうの場面は、刈り入れが終わって、収穫した大麦を麦打ち場でふるい分ける頃の話です。ルツがボアズの畑に出入りするようになって、それだけの時間が経ったということです。その間、ボアズはルツのことを今まで以上に知ることができたでしょうし、ルツもルツで日々示されるボアズの親切な態度に強く惹かれていったことでしょう。ナオミはルツがボアズの畑から帰ってきたときに聞かされる一日の出来事の話に、この二人の仲が深まっていく様子を感じ取ったに違いありません。
ナオミの提案は、決して、ことを急いだ唐突な提案ではありませんでした。二人の様子を見てきたナオミの思慮深い判断と見るべきでしょう。何よりもナオミが最優先に考えてきたことは、ルツの幸せでした。これはモアブの地を立つ時から、ナオミがお嫁さんたちについてずっと考えて来たことでした。モアブ出身のお嫁さんたちを、異国の地で苦労させるわけには行かないという思いから、最初は一緒に来ることさえ拒んだナオミでした。それでも自分についてきたルツに対して、幸せになってほしいという思いはずっと消えませんでした。開口一番に出た言葉はこうでした。
「わたしの娘よ、わたしはあなたが幸せになる落ち着き先を探してきました。」
自分の娘の幸せを願う母親の気持ちそのものです。ナオミにとってルツはもはや外国人でもなければ、義理の娘でもありません。まさに「わたしの娘」です。これはナオミの偽りのない気持ちです。
その落ち着き先とは、ほかならぬボアズのことでした。ボアズにはもう何日も世話になり、畑に出入りして、顔の知れた相手です。今さら「落ち着き先を探してきました」というナオミの発言は不自然な感じがするかもしれません。探してきたわけではなく、偶然のような出会いから始まったボアズとの関係です。しかし、「探してきました」という言葉には、ナオミの気持ちが込められています。偶然のように始まった二人の出会いを、このまま終わらせてしまいたくない、というナオミの心が込められています。
というのも、この二人の仲が、自然消滅してしまう可能性は十分に考えられたからです。ボアズはルツを呼ぶとき、最初から「娘」という呼び方をしています。これは、ボアズとルツの年齢差を意識した言葉遣いかもしれません。そうであるとすると、ボアズの方からプロポーズするのは、ボアズとして躊躇するかもしれません。同じように、ルツにしてみれば、身分の差や、自分が外国人であることを考えると、自分から思いを伝えることにはしり込みしてしまうでしょう。そうであるからこそ、ナオミはルツの背中を押すためにも「落ち着き先を探してきました」という言い方をしたのでしょう。
ナオミは大麦の収穫が山場を迎える、その日の晩の習慣を知っていました。ボアズが収穫を祝う食事を開き、その晩は打ち場に寝泊まりするということを。
ナオミはルツをきれいに身支度させて、その場に行かせます。ただボアズがほろ酔い加減になって床に就くまで、なりを潜めるようにと命じます。床についたのを見計らって、ボアズの衣の裾で身を覆って横になるようにと事細かくルツに指図します。これは、当時の普通の求婚のしきたりなのか、それとも、ナオミの大胆な発案なのか、今となってはわかりません。ただ、旧約聖書には同じようなことが、他にも書かれていました。ヤコブがラケルと結婚するとき、姉のレアをヤコブに押し付けるために、義理の父になるラバンは、夜の暗闇に乗じてひそかにヤコブが眠る天幕にレアを送り込みました。
この二つの話は似てはいますが、違いの方が大きいでしょう。あの時のヤコブにとって、レアとの結婚を迫られたことは、有無を言わせない押し付けでした。しかし、ナオミはルツをボアズのもとに送りはしたものの、結婚を受け入れるかどうかの選択は、ボアズに委ねられていました。
ナオミもルツも決して強引にことを進めようとはしませんでした。無謀のように見えるこの計画は、ルツに幸せになってほしいと思うナオミの願いと、またしゅうとめであるナオミに対するルツのひたむきな思いとがひとつとなったからこそ、進めることができました。もちろん、その背後には、偶然のように思える二人の出会いを、神の導きと信じる信仰がなければ、ナオミもここまで大胆な方法を提案しはしなかったことでしょう。
ルツはナオミに言われた通り行います。
夜中に目を覚ましたボアズは、予想外の出来事に「お前はだれだ」と問いただします。それに対してルツは落ち着いて思いを伝えます。
「わたしは、あなたのはしためルツです。どうぞあなたの衣の裾を広げて、このはしためを覆ってください。あなたは家を絶やさぬ責任のある方です。」
衣の裾を広げて覆うという表現は、親鳥がひなを翼で覆うイメージと重なります。ボアズは自分の畑に来たルツと出会ったとき「イスラエルの神、主がその御翼のもとに逃れて来たあなたに十分に報いてくださるように」と語りかけました。ルツは神がボアズを通して自分を保護してくださることを望んでいます。それは、ボアズが神の律法を通して定められた自分たちの家を守る責任のある親族だからです。
ルツの求愛の言葉は、ナオミへの信頼とボアズへの尊敬、そして、何よりもそのような状況を作り出してくださった神への信仰に満ちた求愛の言葉なのです。