2019年7月25日(木) 十字架を取り巻く人々(マルコ15:21-32)
ご機嫌いかがですか。日本キリスト改革派教会がお送りする「聖書を開こう」の時間です。今週もご一緒に聖書のみことばを味わいましょう。この時間は、日本キリスト改革派教会牧師の山下正雄が担当いたします。どうぞよろしくお願いします。
事件というのは、まったく突発的に起るもので、その場に居合わせた人にとっては予期できないものがほとんどです。イエス・キリストの十字架も、それを計画したユダヤ最高法院の人たちは別として、多くの人にとっては予想外の展開でした。きょうの聖書の個所には、この予想外の出来事にたまたま関わることになる人々の姿が描かれます。
それでは早速今日の聖書の個所をお読みしましょう。きょうの聖書の個所は新約聖書 マルコによる福音書 15章21節〜32節までです。新共同訳聖書でお読みいたします。
そこへ、アレクサンドロとルフォスとの父でシモンというキレネ人が、田舎から出て来て通りかかったので、兵士たちはイエスの十字架を無理に担がせた。そして、イエスをゴルゴタという所…その意味は「されこうべの場所」…に連れて行った。没薬を混ぜたぶどう酒を飲ませようとしたが、イエスはお受けにならなかった。それから、兵士たちはイエスを十字架につけて、
その服を分け合った、
だれが何を取るかをくじ引きで決めてから。
イエスを十字架につけたのは、午前9時であった。罪状書きには、「ユダヤ人の王」と書いてあった。また、イエスと一緒に2人の強盗を、1人は右にもう1人は左に、十字架につけた。そこを通りかかった人々は、頭を振りながらイエスをののしって言った。「おやおや、神殿を打ち倒し、3日で建てる者、十字架から降りて自分を救ってみろ。」同じように、祭司長たちも律法学者たちと一緒になって、代わる代わるイエスを侮辱して言った。「他人は救ったのに、自分は救えない。メシア、イスラエルの王、今すぐ十字架から降りるがいい。それを見たら、信じてやろう。」一緒に十字架につけられた者たちも、イエスをののしった。
ヴィア・ドロローサという言葉があります。それはラテン語で「悲しみの道」という意味ですが、イエス・キリストが十字架を背負って処刑場まで歩いた道のりだとされています。ピラトの官邸から磔にされたゴルゴタの丘まで続くおよそ1キロの程の道のりが再現されています。その要所要所には福音書の伝承に基づいて「ステーション」と呼ばれるポイントが14箇所設けられています。その再現されたポイントがどれほど歴史に忠実であるかは、さておくとして、きょうの聖書の個所は、処刑場に引かれて行くキリストにたまたま出会ってしまったシモンの記事から始まります。
十字架刑に処せられる囚人は、十字架の横木を担がされて、処刑場まで見せしめのために行進させられたといわれています。朝とはいえ、照りつける太陽は、夜を徹しての裁判と鞭打ちの刑で疲労困憊しているイエス・キリストの体にはとても辛く感じられたことでしょう。キリストに代わってキレネ人のシモンという人物に無理やりに十字架を担がせたとあります。
このシモンがどんな人物であったのか、彼がキレネ人であったこと、そして、アレクサンドロとルフォスとの父であったこと以外には何も知られていません。シモンにしてみれば、たまたまそこを通りかかったために降りかかってきた、災難としか思えない事件です。彼の息子の名前が記されているのは、マルコによる福音書の読者にはこの2人が知られていたからかもしれません。そうだとすると、このときのイエス・キリストとの出会いがきっかけで、シモンの家族は後にクリスチャンになったのかもしれません。もちろん、これは想像の域を出ない推測です。
いずれにしても、シモンにしてみれば、田舎から出てきて、よもや、他人の死刑に関わることになるなどとは、思っても見なかったことでしょう。聖なる祭を前に、とんでもない災難と思ったに違いありません。
さて、イエス・キリストが処刑された場所は、ゴルゴタと呼ばれる場所です。されこうべのような形をした小高い丘であったことからこの名前がついたといわれています。ゴルゴタの丘が正確にどこにあるのかはっきりは知られていませんが、現在の聖墳墓教会のある辺りにあったのではないかといわれています。このゴルゴタと呼ばれる場所でいよいよ十字架にかけられるのですが、その日はイエス・キリストのほかに2人の犯罪人も処刑されようとしていました。十字架による処刑がその当時のユダヤでどれくらい執行されていたのか、正確な数はわかりません。ただ、ユダヤの古代史をあらわしたヨセフスの記録によれば、十字架刑がそれほど珍しいものではないということが分かります。また、エルサレムの北東の墓跡から明らかに十字架によって処刑された傷跡のある遺骨が実際に発見されています。この日もキリストを含めて3名が処刑さえrています。
とすれば、没薬を混ぜたぶどう酒を飲ませようとした人物も、イエス・キリストを実際に釘付けにした死刑執行人も、そして、刑の執行を見張る兵士たちも、このイエスの十字架刑を特別の出来事とは感じていなかったことでしょう。いつものように作業を進め、いつものように見張りをしながら処刑された犯罪人の持ち物をくじ引きにして分け、すべてがいつものように整然と行われていたはずです。しかし、彼らにとってはいつものような出来事ですが、その中に神の救いの業が確実に推し進められていました。
もっとも、彼らにとっていつもと変わらない、見慣れた処刑の場面とはいえ、それでも、違っていることがありました。
それは聞こえてくる罵りの声でした。マルコによる福音書は三重のあざけりの声を記します。最初は、そこをたまたま通りかかった人々の罵声です。
「おやおや、神殿を打ち倒し、3日で建てる者、十字架から降りて自分を救ってみろ」
この人々が何故こんなにもキリストに対して敵意と嘲笑をあらわにしているのか理解に苦しみます。こんなにも簡単に人を罵ることができる人間の罪の深さを垣間見るような思いです。
第二にイエス・キリストの十字架刑をたくらんだ祭司長や律法学者の嘲りが記されます。
「他人は救ったのに、自分は救えない。メシア、イスラエルの王、今すぐ十字架から降りるがいい。それを見たら、信じてやろう」
彼らがイエス・キリストを侮辱するのは当然のことです。それはキリストを十字架にかけて殺す計画を立てたのは他ならない彼らだったからです。しかし、十字架の苦しみに加えて、なお、罵声と嘲笑を浴びせないでは気持ちが収まらない人間の心の闇を見る思いです。
そして、ついには、キリストとともに十字架に架けられた者たちまでがのののしりはじめる声が聞こえます。本来ならば彼らこそ、その罪のために人々からそしりを受けるべき犯罪人です。その彼らさえもイエス・キリストをののしりだしたのです。
しかし、この三重のののしりの声に加えて、この世の人々のののしりと嘲りが聞こえてきそうです。
「もし、イエスが神の子なら、どうして自分を救えないのか」
その答えはこの福音書を読む者にとっては明白です。イエス・キリストが深い人間の罪を背負って十字架で身代わりの死を遂げること、そのことこそが救い主メシアの使命だったからです。十字架から降りてこないからこそ、イエス・キリストはわたしたちの救い主となることが出来たのです。