2013年8月29日(木)ローマ法の保護のもとで(使徒23:23-35)
ご機嫌いかがですか。キリスト改革派教会がお送りする「聖書を開こう」の時間です。今週もご一緒に聖書のみことばを味わいましょう。この時間は、キリスト改革派教会牧師の山下正雄が担当いたします。どうぞよろしくお願いします。
ローマ法がヨーロッパ大陸の法体系に大きな影響を与えたことは良く知られています。現在でも重要な法律概念は、ローマ法に由来するラテン語で言い表されています。
ところでローマ帝国とキリスト教と聞くと、皇帝ネロによるキリスト教会の迫害のことを連想してしまいがちですが、使徒言行録に登場するローマ帝国の役人やローマの信徒への手紙13章に言及されている剣を帯びたローマの官憲たちは、決してキリスト教に対して敵対した人々ではありません。むしろ逆で、法に従って正義を実現する人たちとして描かれています。きょうこれから取り上げる個所でも、ローマ法のもとで手厚く保護を受けるパウロの様子が描かれています。
それでは早速今日の聖書の個所をお読みしましょう。きょうの聖書の個所は新約聖書使徒言行録 23章23節〜35節までです。新共同訳聖書でお読みいたします。
千人隊長は百人隊長二人を呼び、「今夜9時カイサリアへ出発できるように、歩兵200名、騎兵70名、補助兵200名を準備せよ」と言った。また、馬を用意し、パウロを乗せて、総督フェリクスのもとへ無事に護送するように命じ、次のような内容の手紙を書いた。「クラウディウス・リシアが総督フェリクス閣下に御挨拶申し上げます。この者がユダヤ人に捕らえられ、殺されようとしていたのを、わたしは兵士たちを率いて救い出しました。ローマ帝国の市民権を持つ者であることが分かったからです。そして、告発されている理由を知ろうとして、最高法院に連行しました。ところが、彼が告発されているのは、ユダヤ人の律法に関する問題であって、死刑や投獄に相当する理由はないことが分かりました。しかし、この者に対する陰謀があるという報告を受けましたので、直ちに閣下のもとに護送いたします。告発人たちには、この者に関する件を閣下に訴え出るようにと、命じておきました。」
さて、歩兵たちは、命令どおりにパウロを引き取って、夜のうちにアンティパトリスまで連れて行き、翌日、騎兵たちに護送を任せて兵営へ戻った。騎兵たちはカイサリアに到着すると、手紙を総督に届け、パウロを引き渡した。総督は手紙を読んでから、パウロがどの州の出身であるかを尋ね、キリキア州の出身だと分かると、「お前を告発する者たちが到着してから、尋問することにする」と言った。そして、ヘロデの官邸にパウロを留置しておくように命じた。
きょう取り上げた個所は、前回からの続きの場面です。パウロに対して敵愾心を抱くユダヤ人が、パウロを暗殺しようと陰謀を企てましたが、その陰謀が発覚してしまいました。その陰謀企ての通報は、パウロの身柄を保護していた千人隊長の耳にもたらされ、パウロは総督フェリスクのもとへと護送されることになります。きょうの場面はパウロを総督のもとへ護送する場面です。
知らせを受けた千人隊長は、その日のうちにパウロを総督のいるカイサリアへと護送する決断をします。というのも、夜が明けて次の日になれば、陰謀に結託した議員が、ユダヤ最高法院での再度の取り調べを口実に、パウロの身柄を最高法院の法廷へと引き渡すようにと要求する手はずになっていたからです。
千人隊長にとっては一刻の猶予もできない状況です。もっとも、この千人隊長がどうしてパウロに対してそこまで親切な対応をしたのか不思議に思うかもしれません。一番の理由は、パウロがローマの市民権をもっているということを知ったからにほかなりません。しかも、この千人隊長は、このパウロの身柄を拘束して、うっかり鞭打たせようとしてしまった落ち度がありましたので(使徒22:24-29)、自分自身のためにも何が何でもパウロの身の安全を図らなければならないという負い目もあったのでしょう。
この千人隊長がローマ法に忠実であったことは、パウロにとっては幸いでした。世俗の法制度は、人間の罪深い企みから人を守る立派な制度として機能しているのです。ここでは宗教に関る人間が、そのあるべき道を踏み外して暴走するときに、その悪しき企てを阻止するのに、世俗の法制度が大いに役立つ結果となっています。
使徒言行録の著者にとっては、ローマ法は単なる人間の制度なのではなく、神から与えられた一般的な恵みと理解されたことでしょう。少なくともパウロは、ローマの信徒への手紙の13章に記しているとおり、上に立つ権威は神から由来するものであり、その権威の目指すところは人々に善を行わせることである、と信じていましたから、今回の千人隊長による迅速な対応も神の一般的な恩恵として受け止められたに違いありません。
それにしても、千人隊長がパウロを護送するために用意させた護衛団は、耳を疑うほどの大きな規模です。歩兵200名、騎兵70名、補助兵200名というものものしい数です。それに二人の百人隊長が同行します。
エルサレムからカイサリアまでの距離は直線で80数キロで、途中のアンティパトリスまでこの護衛団が付き添って、アンティパトリスから先は騎兵がだけが同行します。
この護衛がいちローマ市民に対して普通の数であったとは思えません。先週も少し触れましたが、この時代のエルサレムでは、市中で暴動を起こすシカリ派と呼ばれる過激な集団が暗躍していました。もちろん、パウロを殺害しようと企てた人々がその集団の一員であったとは思いませんが、しかし、千人隊長にとって、日常的に起こっていた暗殺事件を思うと、パウロを安全に総督の元へ送り届けるには、これくらいの護衛が必要と思われたのでしょう。逆に言えば、エルサレムでのユダヤ人による過激な行動は、それほどにローマの軍隊を過剰なまでに刺激していたということがうかがわれます。
もちろん、いくらエルサレムが危険な状態であったとしても、パウロがただのローマの一市民にすぎないとすれば、果たしてそこまでの護衛を同行させたかは疑問です。千人隊長はパウロという人物について、これまでに得た情報によって、重要な人物であるとの確信を得ていたのかもしれません。少なくとも、知りうる限り、エルサレムのキリスト教会と太いつながりがあり、ユダヤの最高法院ではファリサイ派を味方につけるほどの人物ですから、ぞんざいに扱うことはできなかったことでしょう。その上、ローマ市民でしたから、なおのこと、取り扱いは慎重でなければなりません。
さて、千人隊長はこのパウロを総督フェリクスのもとに護送する際に手紙を添えています。その手紙の中に、この千人隊長がクラウディウス・リシアという名前をもつ人物であったことが明かされています。この人物についてそれ以上の詳しいことは記されていませんが、いずれにしても、パウロがユダヤ人の陰謀を逃れて、ローマの法廷に立つことができたのは、この千人隊長クラウディウス・リシアのお陰と言ってよいでしょう。
神はこの世を無法の状態に放置されているのではありません。この世にふさわしい権威を与えて、正義が実現するようにと導いてくださっているのです。