2006年8月31日(木)五千人への給食(マタイによる福音書14:13-21)
ご機嫌いかがですか。キリスト改革派教会提供あすへの窓。「聖書を開こう」の時間です。今週もご一緒に聖書のみことばを味わいましょう。木曜日のこの時間は、キリスト改革派教会牧師の山下正雄が担当いたします。どうぞよろしくお願いします。
福音書にはイエス・キリストのなさった奇跡の話がたくさん記されています。それらを読むたびに、もしこれらの記事が一つも記されていなかったとしらどうだろうかと考えます。そうすれば確かに現代人にとって躓きとなるものが何もない書物になるような気がします。理性と信仰などというつまらない議論に時間を費やす必要もなくなるかもしれません。しかし、同時に福音書は何とも味気のないつまらない書物になってしまうことも確実です。奇跡の話が記されていない福音書を読んで、今まで以上に多くの人々がキリスト教を信じるとはとても思えません。
思うに、そもそもキリストの奇跡に対して、疑いのない時代などあったのでしょうか。きっとなかったことでしょう。現代に限らず、どの時代にもキリストの奇跡は信仰の対象であると同時に、ある人たちには疑いの的でもあったのです。
きょうこれから取り上げる奇跡の記事は、マタイ福音書の中で今まで取上げられた事が一度もないようなスケールの大きな奇跡です。五千人以上もの人が同時に体験した奇跡です。率直に言って普通ではありえない話です。しかし、それにもかかわらず、四つの福音書が四つともこの奇跡について記しているのには、それなりの理由があるはずです。四つの福音書が四つともこの不思議で大掛かりな奇跡の記事を記しているのは決して偶然とは思えません。きっとこの奇跡はキリストがなさった他の奇跡にまさった大きな意義があったに違いありません。
それでは早速今日の聖書の個所をお読みしましょう。きょうの聖書の個所は新約聖書マタイによる福音書 14章13節から21節です。新共同訳聖書でお読みいたします。
イエスはこれを聞くと、舟に乗ってそこを去り、ひとり人里離れた所に退かれた。しかし、群衆はそのことを聞き、方々の町から歩いて後を追った。イエスは舟から上がり、大勢の群衆を見て深く憐れみ、その中の病人をいやされた。夕暮れになったので、弟子たちがイエスのそばに来て言った。「ここは人里離れた所で、もう時間もたちました。群衆を解散させてください。そうすれば、自分で村へ食べ物を買いに行くでしょう。」イエスは言われた。「行かせることはない。あなたがたが彼らに食べる物を与えなさい。」弟子たちは言った。「ここにはパン五つと魚二匹しかありません。」イエスは、「それをここに持って来なさい」と言い、群衆には草の上に座るようにお命じになった。そして、五つのパンと二匹の魚を取り、天を仰いで賛美の祈りを唱え、パンを裂いて弟子たちにお渡しになった。弟子たちはそのパンを群衆に与えた。すべての人が食べて満腹した。そして、残ったパンの屑を集めると、十二の篭いっぱいになった。食べた人は、女と子供を別にして、男が五千人ほどであった。
今お読みした個所は、イエス・キリストが人里離れた場所へと退かれたところから始まります。
「イエスはこれを聞くと、舟に乗ってそこを去り、ひとり人里離れた所に退かれた。」
「これを聞くと」というのは先週もお話したとおり、直前の節に記された「ヨハネの弟子たちの報告」ではなくて、14章2節に記されている領主ヘロデの言葉を受けてのことです。つまり、ヘロデはイエスの評判を聞いてこう言ったのでした。
「あれは洗礼者ヨハネだ。死者の中から生き返ったのだ。だから、奇跡を行う力が彼に働いている。」
自分が殺したはずのヨハネが生き返って、イエスのうちに働いているというヘロデの言葉は、決して益にも害にもならない中立的な論評なのではありません。この言葉の背後には、「洗礼者ヨハネと同様、イエスの命をも狙わなくては」という領主ヘロデの気持ちが表れています。その言葉を聞いてイエスは「舟に乗ってそこを去り、ひとり人里離れた所に退かれた」のです。もっともこのイエスの態度をただ権力者を恐れて尻尾を巻いて逃げ去ったと短絡的に捉えるべきではありません。
そもそも、マタイ福音書4章12節はガリラヤで伝道をはじめるイエスを紹介して「イエスは、ヨハネが捕らえられたと聞き、ガリラヤに退かれた」と記しています。ガリラヤと言うのは洗礼者ヨハネを捕らえ処刑した領主ヘロデの支配地です。ですから「退いた」と言うよりも、わざわざヘロデの領地内へ入ったのです。それを「退いた」と表現するマタイには独自の観点があったことは明らかです。それと同じように、きょうの個所でも「退いた」という言葉こそ使われはしますが、ヘロデの前から「撤退した」と短絡的に捉えるべきではないでしょう。
さて、マタイ福音書ではイエス・キリストがどこからどこへ移動されたのかは記されていません。イエスの後を追ってやってきた群衆たちに目を留められるイエスの姿が直ちに描かれます。イエス・キリストが群衆をご覧になる目は「深い憐み」に満ちたものでした。それは9章の36節で飼い主のいない羊のような群衆たちに見せた眼差しと同じものでした。
「大勢の群衆を見て深く憐れみ、その中の病人をいやされた」
しかし、きょう取上げる個所には病人を癒すイエスの姿が詳しく描かれるのではありません。集まってきた群衆たちにわずか五つのパンと二匹の魚から男だけでも五千人もの人に食事を分け与えられたという奇跡が中心に語られます。それはそこに居合わせた人々を満腹させたと言うばかりではなく、食事の余りが十二の籠いっぱいになるほど豊かなものであったのです。
マタイ福音書はイエスによるこの五千人への給食の話を記す直前に、ヘロデの誕生日の宴会での出来事を記しました。ヘロデの開いた宴会はそれこそパンと魚というような質素な食事ではなく、肉もワインもふんだんに振る舞われたことでしょう。しかし、その宴会の頂点は洗礼者ヨハネの殺害だったのです。命ではなく死をもたらす宴会だったのです。しかし、それとは対照的に、イエスが人里離れた寂しい場所で開いた宴は、五千人以上もの人の空腹を満たすものであったのです。
先ほども触れましたが、この奇跡は四つの福音書が四つとも記している奇跡です。特にヨハネ福音書の報告によれば、この奇跡は過越の祭りが近づいていたころに行なわれたものでした。過越の祭りとは神がご自分の民イスラエルをエジプトの奴隷的な支配から救い出したことを思い起こすお祭です。エジプトから逃れ約束の地に向かうイスラエルは、天からのパンであるマナをもって養われました。あたかもそのことを思い起こさせるかのように、イエス・キリストはご自分が分け与えるパンをもって人々を養われたのです。それはただ肉体を養う食料を与えるお方という以上の意味が含まれているのです。