2005年4月21日(木)「様々な関心の中で」 マタイによる福音書 2章1節〜8節
ご機嫌いかがですか。キリスト改革派教会提供あすへの窓。「聖書を開こう」の時間です。今週もご一緒に聖書のみことばを味わいましょう。木曜日のこの時間は、キリスト改革派教会牧師の山下正雄が担当いたします。どうぞよろしくお願いします。
今年は西暦2005年です。アルファベットでA.D.2005と表記されることがあります。ADとはAnno Domini(「主の年に」)という意味のラテン語です。それに対して、紀元前の時代を表すときには、数字のおしりにBCとつけます。BCとは英語でBefore Christ…「キリスト以前」という意味です。つまり、キリストの誕生を境に年代の数え方が決められているわけです。もっとも、最初の西暦の算出をするときに、計算間違えをしてしまったために、実際にはキリストは遅くとも紀元前4年よりも前に生まれたことが分かっています。その年代が正確にいつなのかと言うのは、歴史的に興味があるかもしれません。
しかし、たとえいつキリストが生まれたにしても、キリストを救い主として受け入れるのでなければ、その人にとっては、いつまでたっても紀元前の時代なのです。
きょう取り上げようとしている聖書の個所には、まさにキリストが生まれたときに生きていた人々のことが取り上げられています。それらの人々がいかに紀元前の生き方から紀元後の生き方に人生の転換を成し遂げたのか、あるいはなし遂げないままだったのか、登場人物に目を注ぎながら読んでみたいと思います。
それでは早速今日の聖書の個所をお読みしましょう。きょうの聖書の個所は新約聖書マタイによる福音書 2章1節から8節です。新共同訳聖書でお読みいたします。
イエスは、ヘロデ王の時代にユダヤのベツレヘムでお生まれになった。そのとき、占星術の学者たちが東の方からエルサレムに来て、言った。「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。わたしたちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです。」これを聞いて、ヘロデ王は不安を抱いた。エルサレムの人々も皆、同様であった。王は民の祭司長たちや律法学者たちを皆集めて、メシアはどこに生まれることになっているのかと問いただした。彼らは言った。「ユダヤのベツレヘムです。預言者がこう書いています。『ユダの地、ベツレヘムよ、お前はユダの指導者たちの中で決していちばん小さいものではない。お前から指導者が現れ、わたしの民イスラエルの牧者となるからである。』」そこで、ヘロデは占星術の学者たちをひそかに呼び寄せ、星の現れた時期を確かめた。そして、「行って、その子のことを詳しく調べ、見つかったら知らせてくれ。わたしも行って拝もう」と言ってベツレヘムへ送り出した。
今、お読みした個所に出てくる登場人物をイエス・キリストとの関係で見てみると、三つのカテゴリーに分類できると思います。その三つとは、キリストに対して恐れと敵意を抱く人、二番目のグループはキリストに対して無関心な人、そして、三番目のグループはキリストに対して関心と敬意を持った人です。第三のグループはいうまでもなく、東の国からやってきた占星術の学者たちです。その人々については来週取り上げることにして、最初の二つのグループをきょう取り上げることにしたいと思います。
先ずはじめに、キリスト誕生の知らせを聞いて、恐れと敵意を抱いたのは、ヘロデ大王でした。ヘロデ大王は当時ユダヤの王として君臨していましたが、その政治的な権威はローマの後ろ盾があってのことでした。彼は純粋のユダヤ人ではありませんでしたから、ユダヤの王といっても、ユダヤ人たちの支持を受けていたわけではありません。キリストが生まれたのは、ほとんどヘロデ大王の晩年に近い頃で、ユダヤ人の支持は受けていないといっても、その権力体制は絶大なものがありました。数々の建造物を建てあげ、その最も偉大なものにエルサレムの神殿の改修工事がありました。このように権力をほしいままにしたヘロデ大王でしたが、キリストが「ユダヤ人の王として」お生まれになったという知らせを耳にすると、不安を抱いたと記されています。ヘロデ大王にとって、お生まれになったイエス・キリストは、決して自分の救い主ではなかったのです。むしろ、自分の身分を脅かす敵と映ったのです。
ヘロデ大王については、狡猾なまでの政治的な手腕や数々の偉大な建造物に加えて、性格の残忍さでは右に出る者のないほどでした。自分の身分を脅かす者の存在に対しては、たといそれが息子であったとしても容赦はしませんでした。平気で息子たちを処刑したのです。そのヘロデ大王ですから、赤の他人である赤ん坊のイエスを殺してしまうのはいとも簡単なことであったことでしょう。
ヘロデ大王は外面では平静を装い、誕生した王を拝謁するために場所を教えて欲しいといかにも恭しく言うのですが、その本心は恐れと憎しみに満ちていたのです。
罪からの救いのためにお生まれになった救い主イエス・キリストに対して、そのような関係にしかなれないとは、なんと淋しいことでしょうか。それはヘロデ大王が特別な権力の座についていたからでしょうか。確かにそうかもしれません。しかし、ヘロデ大王がイエス・キリストに抱いた恐れと敵意は、昔の権力者だけが抱くものではありません。自分自身が王であると自認する罪深い高慢な人間の奥底には、キリストに対する恐れと敵意がいつでも宿ろうとしているのです。
二番目のグループの人々は恐れと敵意こそは抱きませんでしたが、まるで、キリストの誕生が人事のようにしか受け取ることのできない人々でした。キリストがどこで生まれることになっているのかと問いただされた祭司長や律法学者たちは、旧約聖書の預言を引用して、たちどころにその場所を特定します。その正確な聖書知識には頭の下がる思いがします。しかし、淡々と聖書を引用する彼らには、このキリストの誕生を自分の目で確かめようと言う熱意は感じられません。もし、待ちに待ったメシアの誕生が自分たちの時代に起ったのだとすれば、東の国から訪ねてきた博士たちと一緒にその場所を確かめに行ってもよかったでしょう。しかし、彼らにとっては、これはこれ、それはそれの問題でしかなかったのです。確かにすぐに行動を取らないからと言って、彼らが本当に無関心であったと考えてしまうのは、短絡的かもしれません。けれども、遠くの国からわざわざやってきた占星術の学者たちや、ルカによる福音書が描いている、メシア誕生の知らせを聞いて急いで走っていった羊飼いたちの行動と比べるならば、彼らの心のどこかが鈍いように感じられてしまいます。
しかし、これとても、決して他人事として非難して済まされるような問題ではないのです。このマタイ福音書の話を読んでいるわたしたちこそが、救い主の到来に対して、無関心、無感動で終わってしまう罪深さを持っているのです。