2016年1月2日(土) 自分の分別には頼らずに
おはようございます。盛岡教会の久保田証一です。
新しい年を迎えました。私などは、年の初めにあれこれ計画を立てたり、目標を定めたりしても、しばらくすると挫折してしまった、ということがよくありました。情けないものです。たとえ努力を続けたとしても、それだけではどうにもならないこともありますね。また、自分の人生はどこへ向かっていくのだろうか、と思われることはないでしょうか。
旧約聖書の箴言に次のような教えがあります。
「心を尽くして主に信頼し、自分の分別には頼らず 常に主を覚えてあなたの道を歩け。そうすれば 主はあなたの道筋をまっすぐにしてくださる」(3章5、6節)
人間として常識的な分別を持つことはもちろん大事ですが、ここで言っているのは、自分ではなく、主である神を頼みとして生きて行きなさい、ということです。社会で生活するために分別を持つことは必要ですが、私たちは自分の命、なり行き、そして人生の全体を、自分の力や知恵や分別だけで思いのままにはできません。これを認めることが大事なのです。
私たち人間を造り、生かしてくださっている主なる神に心を向け、その力と知恵と導きに自分をゆだねるなら、私たちの歩む道は、神に導かれた確かなものとなります。どこへ行くのかわからない曲がった道ではなく、主なる神に信頼してまっすぐな道を歩もうではありませんか。