2008年6月14日(土)初めに、神は
おはようございます。札幌教会の貫洞です。
「初めに、神は天地を創造された。」
聖書の一番はじめにある言葉です。神様がおられる。しかも、天地を造られた大きな大きな御方だと、教えるのです。こういう神様の存在をあなたは信じることができるでしょうか。
かつてはわたしも、なぜ、クリスチャンと呼ばれる人々がこのような神様を信じられるのか、本当に不思議でした。しかし、今になって段々とわかってきたことは、このような神様を信じるのは、子供が自分の親を信じるのに似ているなあ、ということです。子供は、親が自分を出産する場に立ち会ったわけではありません。あれこれ証拠を調べたわけでもありません。それでも、この人たちこそ自分の親だと信じて、安心しています。親と一緒に過ごした時間の中に、答が隠されているのではないでしょうか。同じように、聖書に親しみ、この大きな神様と共に時間を過ごすことの中に、信仰の答が隠されているように思います。
聖書に登場する一人の人は、次のように歌いました。
「目を上げて、わたしは山々を仰ぐ。わたしの助けはどこから来るのか。わたしの助けは来る。天地を造られた主のもとから。」(詩編121:1-2)
この人は、神様とたくさんの時間を過ごした人にちがいありません。それゆえ、天地を造られた神様が助けてくださることを確信して、安心しています。あなたも、教会の礼拝においでください。そして、聖書に親しみ、天地を造られた神様と過ごす時間を始めてみてください。