2021年6月7日(月)何のために学ぶの

 いかがお過ごしですか。船橋高根教会の牧師の小峯明です。
 料理家は、味見をして料理を整えます。わたしも時々台所に立つことがあります。レシピを見ながら材料を準備して、調理に取り掛かります。レシピ通りの材料がそろわないこともありますので工夫も必要です。そして味見をして整えます。その時に塩が足りないのか、味醂が足りないのか、判断ができなければ料理は美味しくなりません。わたしたちは自分がしていることを説明するために学びます。なぜ、出汁(だし)が必要なのか、どうしたら風味のよい出汁がとれるか、説明できなければ料理はできません。

 それでは人生はどうでしょうか。わたしたちの人生を豊かにするために何が必要でしょうか。それが分かれば自分で整えることができるでしょう。しかし人生の教科書、レシピはあるでしょうか。そこでご紹介したいのが、聖書です。イエス様の言葉です。聖書には、わたしたちが神様に愛されてこの世界に生まれて来たことが記されています。わたしたちはイエス様とつながる時に、今の自分の姿を見直すことができるようになります。

 心理学者の河合隼雄さんの本(『カウンセリングを語る(下)』創元社 p.201-202)に次のような話が記されていました。お子さんの家庭内暴力に苦しむ家庭で、そのお父さんがついに腹が立って「何が不足や。」と言ったそうです。お父さんとしては子供のために一生懸命働いて、不自由のないように欲しいものを与えて来ました。それなのに親に暴力を振るうとは、との思いでしょう。

 するとお子さんは「うちには宗教があるか。」と言いました。お金で買えないものをくれたのか。心を満たしてくれたかとの切実な訴えでしょう。自分の存在の意味が分からなくなったのかも知れません。イエス様を通して神様を知る時に、わたしたちは自分が何者で何をすればよいのかが分かってくるのです。


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