お前の知恵と知識がお前を誤らせお前は心に言っていたわたしだけわたしのほかにはだれもいない、と。 (イザヤ 47章10節) 信のユダの民を懲らしめるため、神はバビロンを用いられました。あくまでバビロンは、懲らしめの道具として、神の御計画の中で用いられたに過ぎません。ところが、バビロンはあまりに残虐で、ユダの民に「憐れみをかけず、老人にも軛を負わせ、甚だしく重くし」ました(6節)。また、傲慢になり、「わたしは永遠に女王だ」と言います(7節)。ついには、「わたしだけ、わたしのほかにはだれもいない」と(8、10節)、あたかも神であるかのように言うのでした。 47章は、そのようなバビロンに対する神の裁きが語られます。神は言われます。「お前は裸にされ、恥はあらわになる。わたしは報復し、ひとりも容赦しない」(3節)。 バビロンが高慢になった原因の一つは、「お前の知恵と知識がお前を誤らせ」たとあるように、当時の高度な文明だったようです。13節に天体のことが言われていますが、天文学も進んでいたようです。文明は大事ですが、神であるかのように傲慢になってしまうなら、それは神への反逆です。しかも、この世の知恵と知識では、人を救うことはできないのです。 あらためて「神の知恵であるキリスト」(1コリ1章24節)に、目を向けさせられます。 【祈り】 神の知恵であるキリストが、宣べ伝えられ、知らされている恵みを、心から感謝します。 川杉 安美(草加松原伝道所)
信のユダの民を懲らしめるため、神はバビロンを用いられました。あくまでバビロンは、懲らしめの道具として、神の御計画の中で用いられたに過ぎません。ところが、バビロンはあまりに残虐で、ユダの民に「憐れみをかけず、老人にも軛を負わせ、甚だしく重くし」ました(6節)。また、傲慢になり、「わたしは永遠に女王だ」と言います(7節)。ついには、「わたしだけ、わたしのほかにはだれもいない」と(8、10節)、あたかも神であるかのように言うのでした。
47章は、そのようなバビロンに対する神の裁きが語られます。神は言われます。「お前は裸にされ、恥はあらわになる。わたしは報復し、ひとりも容赦しない」(3節)。
バビロンが高慢になった原因の一つは、「お前の知恵と知識がお前を誤らせ」たとあるように、当時の高度な文明だったようです。13節に天体のことが言われていますが、天文学も進んでいたようです。文明は大事ですが、神であるかのように傲慢になってしまうなら、それは神への反逆です。しかも、この世の知恵と知識では、人を救うことはできないのです。
あらためて「神の知恵であるキリスト」(1コリ1章24節)に、目を向けさせられます。
【祈り】
神の知恵であるキリストが、宣べ伝えられ、知らされている恵みを、心から感謝します。