わたしは自分にかけて誓う。わたしの口から恵みの言葉が出されたならばその言葉は決して取り消されない。 (イザヤ 45章23節) 人は自分よりも大きなものにかけて誓います。しかし、神は御自身以上に偉大な存在がないので、御自身にかけて誓われます。神がきょう、誓われるのは、私たちから恵みを取り去らないということです。神の口から恵みの言葉が出てきます。その恵みが取り消されることはありません。 主なる神においては、言葉と出来事とは一つです。神は御自身が意志されたとおりのことを行われます。神は善きことを計画されます。その計画が覆されることはありません。 神は最初から、私たちにとって恵みとなることを計画しておられます。神が第一に願っておられることは、私たちの幸いだからです。 思えば私たちの言葉は、しばしば裏切ります。口にされた約束が守られないことがあります。心にもないことを口にすることがあります。心と言葉とが一致していません。しかし、神はなんと誠実なお方でしょう。その口から出たことが取り消されることはありません。 いや、神は「滅ぼす」と言いながら思い直されることがあります。神の恵みが取り消されることはないからです。神は裁きや災いについては、思い直されます。しかし、恵みに関して、神は少しも変わることがありません。いつも最善をなさるからです。 【祈り】 御前にふた心なき者であることができますように、心と唇とを聖別してください。 後登 雅博(高蔵寺教会)
人は自分よりも大きなものにかけて誓います。しかし、神は御自身以上に偉大な存在がないので、御自身にかけて誓われます。神がきょう、誓われるのは、私たちから恵みを取り去らないということです。神の口から恵みの言葉が出てきます。その恵みが取り消されることはありません。
主なる神においては、言葉と出来事とは一つです。神は御自身が意志されたとおりのことを行われます。神は善きことを計画されます。その計画が覆されることはありません。
神は最初から、私たちにとって恵みとなることを計画しておられます。神が第一に願っておられることは、私たちの幸いだからです。
思えば私たちの言葉は、しばしば裏切ります。口にされた約束が守られないことがあります。心にもないことを口にすることがあります。心と言葉とが一致していません。しかし、神はなんと誠実なお方でしょう。その口から出たことが取り消されることはありません。
いや、神は「滅ぼす」と言いながら思い直されることがあります。神の恵みが取り消されることはないからです。神は裁きや災いについては、思い直されます。しかし、恵みに関して、神は少しも変わることがありません。いつも最善をなさるからです。
【祈り】
御前にふた心なき者であることができますように、心と唇とを聖別してください。