主イエスのもとに憩う本当の安らぎ | マタイによる福音書 10-11章

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マタイによる福音書 10-11章

「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。」日本聖書協会『聖書 新共同訳』 マタイによる福音書 11章28節

主イエスのもとに憩う本当の安らぎ

10章から11章にかけて、十二弟子の選びと派遣、人びとの不信仰が語られています。きょうは、その最後に語られている主イエスの招きの言葉に注目いたしましょう。

そもそも「本当の安らぎ」とは何でしょうか。重荷や疲れが全く無くなることでしょうか。決してそうではありません。人間は、何の働きも期待されず、何の重荷もない日々が続くと、空しさに囚われ、苦痛を覚えるものです。主イエスが与えてくださる安らぎは、決して何の働きも何の重荷もない安らぎではありません。「あなたはこのように生きよ」という指針がしっかりと与えられています。しかも、それは決して水準の低い指針ではありません。山上の説教を思い起こせば、それはすぐに理解できるのではないでしょうか。

ただし、主イエスは柔和で謙遜なお方です。私たちの罪とけがれさえ背負って、十字架につけられてくださったのです。ですから、たとえ私たちが何度失敗しても、決して苛立つことなく、「諦めないで、もう一度、新しく生きてみなさい」と繰り返し柔和に励まし続けてくださいます。こうして私たちの歩みには主イエスの十字架の赦しという土台が据えられて、平安にそれぞれの使命に生きることができるのです。

【祈り】

どんなときにも、主イエスの十字架のもとに立ち続け、まことの安らぎに生きることができますように。

吉田 謙(千里摂理教会)