リジョイス聖書日課 2018年9月

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2018年9月の聖書日課

1テサロニケ 5章

兄弟たち、その時と時期についてあなたがたには書き記す必要はありません。盗人が夜やって来るように、主の日は来るということを、あなたがた自身よく知っているからです。あなたがたはすべて光の子、昼の子だからです。わたしたちは、夜にも暗闇にも属していません。 テサロニケの信徒への手紙一 5章1節~2節、5節

光の子、昼の子

「何々の子」という表現は、その特質、性質にあずかっている者ということを意味します。ですから、「光の子」というのは、光の中を歩み、光の中に住んでいる、その存在が光によって特色づけられているということで…

マタイ 16章21-28節

「わたしについて来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのために命を失う者は、それを得る。」 マタイによる福音書 16章24節~25節

己を捨て主に従う

ペトロは、「あなたはメシア、生ける神の子です」と信仰を言い表したにもかかわらず、神の子である主イエスが地上に来られた使命を十分に理解していませんでした。主イエスがこれから起こるご自身の十字架と復活に…

レビ 1-2章

アロンの子らである祭司たちのもとに持って行くと、祭司の1人がその中からオリーブ油のかかった上等の小麦粉一つかみと乳香全部を取り、しるしとして祭壇で燃やして煙にする。これが燃やして主にささげる宥めの香りである。 レビ記 2章2節

主が覚えてくださる

細かな規定の文章が続くため、レビ記で通読を中断してしまいがちです。しかし、レビ記の言葉は今も生きていて、ユダヤ人はこの食物規定を守って生活していますし、バスの中にレビ記の言葉を見かけることもあります…

レビ 3-5章

祭司は牛の血を取って、臨在の幕屋に携えて入り、指を血に浸し、垂れ幕の前で主の御前に7度血を振りまく。…祭司がこうして罪を贖う儀式を行うと、彼らの罪は赦される。雄牛の残骸は宿営の外に運び出して、…焼却する。これが会衆の贖罪の献げ物である。 レビ記 4章16節~21節

彼らの罪は赦される

3章から5章には、和解の献げ物、贖罪の献げ物、賠償の献げ物について記されていますが、同じことの繰り返しのように見えます。しかし、一つ一つの事例について、「彼(ら)の罪は赦される」という言葉に至っている…

レビ 6-8章

主にささげる和解の献げ物についての指示は次のとおりである。
それを感謝の献げ物としてささげる場合、献げ物にする動物のほかに、…輪形のパン、オリーブ油を塗った薄焼きパン…更に酵母を入れて作った輪形のパンをささげる。彼はそれぞれの献げ物から1個ずつを奉納物として主にささげる。 レビ記 7章11節~14節

神との和解の食卓

1章から5章まで、5つの献げ物について命じられてきました。6、7章は、それらを行う祭司アロンとその子らへの指示が記されています。ここでの順序を見ると、(1)焼き尽くす献げ物、(2)穀物の献げ物、(3)贖罪の…

レビ 9-12章

なお産婦が貧しくて小羊に手が届かない場合は、2羽の山鳩または2羽の家鳩を携えて行き、1羽を焼き尽くす献げ物とし、もう1羽を贖罪の献げ物とする。祭司が産婦のために贖いの儀式を行うと、彼女は清められる。 レビ記 12章8節

主が命じられたとおりに

献げ物の規定に従って、まずモーセがアロンとその子らのために贖罪の献げ物、焼き尽くす献げ物、任職の献げ物をささげました。モーセが行ったことは「主の命じられたとおり」であったと繰り返されています(8章4節…

レビ 13-14章

重い皮膚病にかかっている患者は、衣服を裂き、髪をほどき、口ひげを覆い、「わたしは汚れた者です。汚れた者です」と呼ばわらねばならない。この症状があるかぎり、その人は汚れている。その人は独りで宿営の外に住まねばならない。 レビ記 13章45節~46節

宿営の外に

神は、たびたび重い皮膚病で人を打つことがありました。たとえば、傲慢さのゆえにこの病にかかった人の例として、モーセの姉ミリアム(民12章)や、ユダの王ウジヤ(歴下26章16~21節)が挙げられます。重い皮膚病…

レビ 15-16章

以下は、あなたたちの守るべき不変の定めである。第7の月の10日にはあなたたちは苦行をする。…なぜなら、この日にあなたたちを清めるために贖いの儀式が行われ、あなたたちのすべての罪責が主の御前に清められるからである。これは、あなたたちにとって最も厳かな安息日である。あなたたちは苦行をする。 レビ記 16章29節~31節

まことの贖いを求めるへりくだり

今年は9月18日が「大贖罪日」、ユダヤ人にとって最も大切な日です。年に一度この日に大祭司が至聖所に入り、贖いの儀式を行います。「彼は、イスラエルの人々のすべての罪による汚れと背きのゆえに、…贖いの儀式を…

マタイ 18章15-20節

「2人または3人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである。」 マタイによる福音書 18章20節

主はいつも共にいてくださる

主イエスは、罪を犯したときに、いさめて事の本質を理解させ、崩れた関係を元に戻すための順序を教えておられます(15~17節)。 先ず、2人だけで忠告します。これは相手の名誉に対する愛の配慮です。これが聞き入…

レビ 17章

生き物の命は血の中にあるからである。わたしが血をあなたたちに与えたのは、祭壇の上であなたたちの命の贖いの儀式をするためである。血はその中の命によって贖いをするのである。 レビ記 17章11節

命である血

なぜ十字架上でイエス・キリストの「血」が流されなければならなかったのか。きょうの個所は、このことの重要性を深く教えてくれます。 「生き物の命は血の中にある」という言葉が3度繰り返されています。それゆえ…

レビ 18-19章

心の中で兄弟を憎んではならない。同胞を率直に戒めなさい。そうすれば彼の罪を負うことはない。復讐してはならない。民の人々に恨みを抱いてはならない。自分自身を愛するように隣人を愛しなさい。わたしは主である。 レビ記 19章17節~18節

最も重要な第二の掟

マルコ福音書12章で、律法学者が「あらゆる掟のうちで、どれが第一でしょうか」と尋ねたときに、主イエスがそれに答えた上で、「第二の掟は、これである」と示されたのがきょうの個所です。神を信じていると言う限…

レビ 20-21章

自らを清く保ち、聖なる者となりなさい。わたしはあなたたちの神、主だからである。
わたしの掟を忠実に守りなさい。わたしは主であって、あなたたちを聖なる者とする。 レビ記 20章7節~8節

聖なる者となれ

「聖なる者となれ」という命令は19章から続いています。20章は8節が区切りです。前半は「わたしのほかに何ものをも神としてはならない」という十戒の1枚目の板の戒めに関連しています。9節以降は恥ずべき性関係につ…

レビ 22-24章

和解と感謝の献げ物を主にささげるときは、それが受け入れられるようにささげる。その肉はその日のうちに食べ、翌日まで残してはならない。わたしは主である。 レビ記 22章29節~30節

心も主に受け入れられるように

聖なる献げ物と祝祭日について、繰り返し「主に受け入れられるように」と言い添えて命じられています(22章19節等)。 しかし、預言書を見ると、主に受け入れられるようにはささげられていなかった現実が指摘されて…

レビ 25章

あなたたちは国中に角笛を吹き鳴らして、この50年目の年を聖別し、全住民に解放の宣言をする。それが、ヨベルの年である。あなたたちはおのおのその先祖伝来の所有地に帰り、家族のもとに帰る。50年目はあなたたちのヨベルの年である。 レビ記 25章9節~11節

全住民の解放

全住民に解放が宣言される50年目のヨベルの年は、一生に一度巡ってくるもの、という感覚だったでしょう。この年には、全き安息を土地に与え、種もまかず、収穫もしないことになっていました。そうだとすれば、「ど…

レビ 26-27章

もし、彼らのかたくなな心が打ち砕かれ、罪の罰を心から受け入れるならば、そのとき、わたしはヤコブ…イサク…アブラハムとのわたしの契約を思い起こし、かの土地を思い起こす。彼らが後にした土地は、打ち捨てられている間、安息を楽しむ。 レビ記 26章41節~43節

罪の罰を心から受け入れる

ヨベルの年が定められても、イスラエルはこのとおりに行って、本当の安息を楽しむことはできませんでした。与えられた掟と法を守ることができなかったためです。そして皮肉にも、彼らがその罰として住んでいた土地…

マタイ 18章21-35節

「あなたがたの1人1人が、心から兄弟を赦さないなら、わたしの天の父もあなたがたに同じようになさるであろう。」 マタイによる福音書 18章35節

たがいに赦しあいましょう

罪を犯した兄弟を赦すのは7回までですかとペトロが尋ねると、主イエスは完全数である7の70倍つまり無限に赦しなさいとおっしゃり、たとえを用いて説明されました。 ある王が借金の返済を家来たちに求めました。途方…

ルカ 1章

「神にできないことは何一つない。」マリアは言った。「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように。」そこで、天使は去って行った。 ルカによる福音書 1章37節~38節

神の言葉への信頼

マリアは「あなたは身ごもって男の子を生む」と告げる天使に「どうして、そのようなことがありえましょうか」と問いかけました。それは疑いの言葉ではなく、男の人を知らないわが身にどのようにしてそのようなこと…

ルカ 2章

「あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」 ルカによる福音書 2章12節

飼い葉桶の救い主

天使は羊飼いたちに「あなたがたのために救い主がお生まれになった」と告げ、さらに「飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子」が「あなたがたへのしるしである」と告げました。それはただの目印ではなく、この救い主がど…

ルカ 3章

民衆が皆洗礼を受け、イエスも洗礼を受けて祈っておられると、天が開け、聖霊が鳩のように目に見える姿でイエスの上に降って来た。すると、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という声が、天から聞こえた。 ルカによる福音書 3章21節~22節

祈りの必要性

主イエスはメシアとしての働きをお始めになる前に、洗礼者ヨハネから洗礼をお受けになりました。それは主イエスが十字架に向かって歩まれる救い主として、常に罪人の側に立ってくださるお方であることのしるしでし…

ルカ 4章

「主の霊がわたしの上におられる。
貧しい人に福音を告げ知らせるために、
主がわたしに油を注がれたからである。
主がわたしを遣わされたのは、
捕らわれている人に解放を、
目の見えない人に視力の回復を告げ、
圧迫されている人を自由にし、
主の恵みの年を告げるためである。」 ルカによる福音書 4章18節~19節

主の恵みの年

19節の「主の恵みの年」とは、レビ記25、27章に記されている「ヨベルの年」のことであると考えられます。それは50年に1度の解放の年であり、その年には売られた土地も元に戻され、身売りされた人も元に戻ることがで…

ルカ 5章

イエスが手を差し伸べてその人に触れ、「よろしい。清くなれ」と言われると、たちまち重い皮膚病は去った。 ルカによる福音書 5章13節

御心による清め

律法によれば「重い皮膚病」は宗教的な汚れとみなされ、その人は宿営から離れて1人で暮らさなければなりませんでした(レビ13章46節)。 そのような病を患った1人の人が主イエスの前にひれ伏し、清めを願い出ました…

ルカ 6章

そのころ、イエスは祈るために山に行き、神に祈って夜を明かされた。朝になると弟子たちを呼び集め、その中から12人を選んで使徒と名付けられた。 ルカによる福音書 6章:12節~13節

選ばれた十二人

主イエスは山の上で祈って夜を明かされ、その後に12人の弟子たちを選び、使徒と名付けられました。 選ばれた12人の名簿を見ますと、彼らは特別なエリートではなく、ごく普通の、またさまざまな違いを持つ人たちであ…

マタイ 20章1-16節

「このように、後にいる者が先になり、先にいる者が後になる。」 マタイによる福音書 20章16節

主は平等に愛される

ペトロが主イエスに「わたしたちは何もかも捨ててあなたに従って参りました。では、わたしたちは何をいただけるのでしょうか」と尋ねました(19章27節)。主イエスは、ぶどう園の労働者のたとえで、答えられました…

ルカ 7章

「わたしも権威の下に置かれている者ですが、わたしの下には兵隊がおり、1人に『行け』と言えば行きますし、他の1人に『来い』と言えば来ます。また部下に『これをしろ』と言えば、そのとおりにします。」 ルカによる福音書 7章8節

御言葉の権威

この異邦人の百人隊長は、人を通して、病気で死にかかっている部下の癒やしを主イエスに願い出ました。しかし、自分は主イエスを自分の家にお迎えできるような者ではないと言い、ただ主イエスの御言葉だけを求めま…

ルカ 8章

「自分の家に帰りなさい。そして、神があなたになさったことをことごとく話して聞かせなさい。」その人は立ち去り、イエスが自分にしてくださったことをことごとく町中に言い広めた。 ルカによる福音書 8章39節

悪の支配からの解放

弟子たちと一緒に舟に乗り、嵐の湖を越えてゲラサ人の地方に着かれた主イエス。そこで、レギオンと名乗るたくさんの悪霊にとりつかれた男に出会われます。 男は羞恥心を失い、汚れた場所に身を置いて、自分自身を見…

ルカ 9章

「わたしの名のためにこの子供を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである。わたしを受け入れる者は、わたしをお遣わしになった方を受け入れるのである。あなたがた皆の中で最も小さい者こそ、最も偉い者である。」 ルカによる福音書 9章48節

神の国の秩序

「自分たちのうちだれがいちばん偉いか」(46節)という議論が主イエスの弟子たちの間で起こりました。それは、彼らが地上の王国建設を主イエスに期待していた証拠です。そういう弟子たちに対して主イエスは、1人の…

ルカ 10章

「しかし、必要なことはただ一つだけである。マリアは良い方を選んだ。それを取り上げてはならない。」 ルカによる福音書 10章42節

ただ一つの必要

この「マルタとマリア」の物語は、本来この場所にあるのはおかしいのです。なぜなら、彼女たちが住む村は「ベタニア」であり、その村はエルサレムのすぐ近くにあるからです。本当なら、主イエスの旅の終盤に差しか…

ルカ 11章

「だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる。」 ルカによる福音書 11章10節

あきらめずに祈り続ける

真夜中にパンを求める友人のたとえは、「執念深く祈れば祈りは聞かれる」ということを教えているのではありません。「人間の友達でもしつように頼めば願いを聞いてくれる。まして、神が熱心に祈り続ける私たちの祈…

ルカ 12章

「あなたがたも用意していなさい。人の子は思いがけない時に来るからである。」 ルカによる福音書 12章40節

目を覚ましている僕

主人の帰りを待つ僕には「腰に帯を締め、ともし火をともしていなさい」と命じられています(35節)。これが「目を覚ましている」ということです。当時のユダヤ人の服は裾の長い物でしたので、活発に動くときには腰…

マタイ 21章23-32節

「はっきり言っておく。徴税人や娼婦たちの方が、あなたたちより先に神の国に入るだろう。なぜなら、ヨハネが来て義の道を示したのに、あなたたちは彼を信ぜず、徴税人や娼婦たちは信じたからだ。あなたたちはそれを見ても、後で考え直して彼を信じようとしなかった。」 マタイによる福音書 21章31節~32節

神の権威に従う信仰

主イエスは、神から直接託された権威において教えておられました。祭司長たちは、自分たちの権威をないがしろにする主イエスに対して、「何の権威によって教えているのか」と問いただしました。 主イエスは、「ヨハ…