ウエストミンスター小教理問答の学び 第100問

第100問 主の祈りの序言

問: 主の祈りの序言は、私たちに何を教えていますか。

答: (「天にまします我らの父よ」という)主の祈りの序言が私たちに教えている事は、私たちを助ける力と志をもっておられる神に、全くきよい崇敬と確信とをもって、父に対する子のように近付くこと、また、私たちが他の人々と共に、他の人々のために祈らなければならない、ということです。


 問100〜107は、私たちの祈りの特別の指導基準である主の祈り(問99)の解説です。問100は主の祈りの序言についてです。

天にまします父への祈り

(1) 「天にまします父」との言葉は、神様が完全な父であられる事を言い表しています。
A. 私たちを助ける力を持っておられること。
 肉親の父は、子を助けたいと切望しても力が及ばないことがありますが、天の父は無限の力で私たちを助けて下さいます。

B. 私たちを助ける志を持っておられること。
 肉親の父の愛は完全ではないために、子供への適切な助けを与えられないことがあります。天の父は完全な愛で、私たちのために万事を益として下さるのです。
(2) 古代の父は、現代日本の平均的父親より、はるかに威厳と力がありました。「天にまします父」と祈る時、単なる親しみではなく、神への崇敬の思いも心に抱いて祈ります。

われらの父への祈り


 「われらの父」という言葉は、祈りが孤独な行為ではないことを示しています。
(1) 他の人々と共に祈る: 教会で、家庭で、信仰の友同士で、私たちは天におられる共通の父を仰いで、共に祈るべきです。

(2) 他の人々のために祈る: 「我らの父よ」と呼びかけて始まる主の祈りは、後半で、「われらの日用の糧」、「われらの罪」、「われらを試みに会わせず」と祈ります。他の人々の霊肉両面の必要のために、祈るべきです。

(3) 主イエスは、密室での個人的祈りを命じられた時に、主の祈りを教えられました(マタイ6:6,9〜13)。公同の場での祈りだけでなく、密室での祈りも、「我らの」という思いを忘れずに、他の人々(家族・教会・友人・世界の人々)の必要のために祈るべきです。
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