月刊誌リジョイス 聖書日課 2015年4月20日(月)

イザヤ24章 主の栄光が現されるとき

月は辱められ、太陽は恥じる
万軍の主がシオンの山、エルサレムで王となり
長老たちの前に、主の栄光が現されるとき。(イザヤ24:23)

 23章までで外国への託宣が終わりました。この24章から27章は内容が大きく変わり、新しいひとまとまりとなっています。ここはよく「イザヤの黙示録」と言われるところです。ある特定の国や民が語られるのではなく、全世界を舞台として描かれているからです。それこそが黙示文学の大きな特徴です。

 確かに24章は、一見、直接的には選びの民への裁きを語っています。しかし、それを遥かに超えて、全世界を舞台としています。

 「月は辱められ、太陽は恥じる」というのは、ここにだけ出てくるものです。この言葉は、これまでは光をさしてきたのですが、それがまったく誇りにならないことを示しています。それほど万軍の主が王となり、栄光を現されるのはすばらしいことです。

 主が王となられる。まさにこれが、ここの主張です。これこそ本当の終末の賛美です。裁きが恐ろしいというのが終末の中心ではありません。主が王となられたことこそ、中心であり、その主人公こそ、イエス・キリストです。だからこそ、主イエスの再臨によって終末は完成するのです。

コントローラ


自動再生されない方はこちらから再生(mp3形式)
Copyright (C) 2015 RCJ Media Ministry All Rights Reserved.