月刊誌リジョイス 聖書日課 2013年12月4日(水)

出エジプト33章 ただ神の自由な恵みによって

モーセが、「どうか、あなたの栄光をお示しください」と言うと、主は言われた。「わたしはあなたの前にすべてのわたしの善い賜物を通らせ、あなたの前に主という名を宣言する。わたしは恵もうとする者を恵み、憐れもうとする者を憐れむ。」(出エジプト33:18-19)

 神の顔(正面)を見た者は死ぬと言われています(20節)。神はそのような聖なる恐るべき方であり、この方の前で罪人である私たちは、本来全員死ぬべきです。

 その神が、ご自分の民として選んでくださり、自ら近寄ってくださったのに、イスラエルの人々はそれを拒む「かたくなな民」であったと繰り返されています。

 主イエスが世に来られた時も同じでした。聖なる神の独り子が、目に見えるお姿で来てくださり、だれも見たことがない神を示してくださったのに、人間はこの方を拒んで殺したのです(ヨハ1章1〜18節)。私たちはいつも同じことを繰り返しています。罪人のままでいることを望み、神のまぶしさを拒みます。

 しかし、それでも神は私たちの滅びを望まず、「恵もう、憐れもう」との思いに駆られて、ご自身の栄光を示してくださいます。その栄光とは、主イエスの生涯に凝縮された、愛の光です。きょうも、この愛の光が照らしていてくださいます。まぶしいなどと言っていられません。光の子らしく歩みましょう。

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