月刊誌リジョイス 聖書日課 2013年7月26日(金)

ヨハネ11章 命への大声

人々が石を取りのけると、イエスは天を仰いで言われた。「父よ、わたしの願いを聞き入れてくださって感謝します。わたしの願いをいつも聞いてくださることを、わたしは知っています…。」こう言ってから、「ラザロ、出て来なさい」と大声で叫ばれた。すると、死んでいた人が、手と足を布で巻かれたまま出て来た。(ヨハネ11:41-44)

 青年ラザロの死の四日後、主イエスはラザロの遺体をおさめた墓の前に立たれます。墓をふさいだ石を取りのけなさい、との主のお言葉に、姉妹マルタはたじろぎました。なぜなら、遺体に腐敗が始まっているからです。

 口を開いた暗い墓穴の前で、父なる神への祈りがささげられます。この主イエスの祈りを妨げる力は、どこにもありません。主イエスの前で、死は断じてすべての終わりではありません。主イエスの祈りが必ず父に聞かれること、そこに人間と世界の最後の希望がかかっています。

 主イエスの大声は、はっきり「ラザロ」と名指しされます。これは「神が助けてくださる」という名です。神の偉大な御業に助けられて、ラザロは墓を出ます。布に包まれたラザロの歩み、そのおぼつかなさは、信仰による命を生きる私たちの歩みに、どこか似ています。

 命への大声は、すでに私たちのもとに届いています。私たちも、ひとりの「ラザロ」として、死から命へ向かう歩みを、今日も続けましょう。

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