月刊誌リジョイス 聖書日課 2011年4月19日(火)

ヨハネ10章 受難週 受けるために捨てる

わたしは命を、再び受けるために、捨てる。それゆえ、父はわたしを愛してくださる。だれもわたしから命を奪い取ることはできない。わたしは自分でそれを捨てる。わたしは命を捨てることもでき、それを再び受けることもできる。これは、わたしが父から受けた掟である。(ヨハネ10:17-18)

 命を捨てるとは、人が奪い取るのではなく、自分で捨てるという意味です。十字架に進まれる主イエスの特別な御業を表しています。主イエスは、父なる神が再び受けさせてくださるという確信のなかで、捨てることができました。また、本当にそれにより、愛を受けました。主イエスにとって捨てるとは、愛し、与えてくださる父なる神への信頼の行為です。

 不要なものでさえ捨て切れない私たち。山積みされた未整理の書類、長年身についた悪い習慣。捨てることができれば、人生が何倍にも豊かになると分かっていても、捨てられないものに囲まれて、私たちは日々を過ごしています。

 主イエスは、罪なきご自分の命という最良のものを捨てることによって、罪人を贖ってくださいました。そして神は、この自己犠牲に報いて、主イエスを復活させ、永遠の命を受ける者とされました。そして、主が受けられた祝福が、主から私たちに手渡されています。私たちも主に信頼し、人生を献げて、豊かな祝福を受けましょう。

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