聖書を開こう 2021年1月7日(木)放送

山下 正雄(ラジオ牧師)

山下 正雄(ラジオ牧師)

メッセージ:  ボアズの思慮深い応答(ルツ3:10-18)



 ご機嫌いかがですか。日本キリスト改革派教会がお送りする「聖書を開こう」の時間です。今週もご一緒に聖書のみことばを味わいましょう。この時間は、日本キリスト改革派教会牧師の山下正雄が担当いたします。どうぞよろしくお願いします。

 テレビドラマから、JPOP、演歌に至るまで、男女の恋愛をテーマにしたものは山ほどあります。押さえがたい恋心がストレートに描かれたり、男女の駆け引きがあったり、時には失恋して痛手を負った悲しい恋もテーマとなります。これは今に始まったことではありません。『万葉集』にも『源氏物語』にも恋は重要なテーマとして登場します。

 恋に恋する若い男女は別として、結婚を前提とした付き合いとなると、誰しも慎重に思慮深く行動します。相手を傷つけることも、自分が傷つくことも望まないからです。それでも、思い通りにならない時には、痛手を負ってしまいます。

 きょうの個所で描かれるボアズの行動は、とても思慮に富んでいます。

 それでは早速きょうの聖書の個所をお読みしましょう。きょうの聖書の個所は旧約聖書 ルツ記 3章10節〜18節までです。新共同訳聖書でお読みいたします。

 ボアズは言った。「わたしの娘よ。どうかあなたに主の祝福があるように。あなたは、若者なら、富のあるなしにかかわらず追いかけるというようなことをしなかった。今あなたが示した真心は、今までの真心よりまさっています。わたしの娘よ、心配しなくていい。きっと、あなたが言うとおりにします。この町のおもだった人は皆、あなたが立派な婦人であることをよく知っている。確かにわたしも家を絶やさぬ責任のある人間ですが、実はわたし以上にその責任のある人がいる。今夜はここで過ごしなさい。明日の朝その人が責任を果たすというのならそうさせよう。しかし、それを好まないなら、主は生きておられる。わたしが責任を果たします。さあ、朝まで休みなさい。」ルツは、夜が明けるまでボアズの足もとで休んだ。ルツはまだ人の見分けのつかない暗いうちに起きた。麦打ち場に彼女の来たことが人に知られてはならない、とボアズが考えたからである。ボアズは言った。「羽織ってきた肩掛けを出して、しっかりつかんでいなさい。」ルツがしっかりとつかんだ肩掛けの中に大麦を6杯量ってルツに背負わせると、ボアズは町へ戻って行った。ルツがしゅうとめのところへ帰ると、ナオミは、「娘よ、どうでしたか」と尋ねた。ルツはボアズがしてくれたことをもれなく伝えてから、「この6杯の大麦は、あなたのしゅうとめのところへ手ぶらで帰すわけにはいかないとおっしゃって、あの方がくださったのです」と言うと、ナオミは言った。「わたしの娘よ、成り行きがはっきりするまでじっとしていなさい。あの人は、今日中に決着がつかなければ、落ち着かないでしょう。」

 前回の個所には、ボアズの寝床に忍び込むルツの大胆な行動が描かれていました。しかし、大胆には見えますが、決して無謀な行動ではありませんでした。しゅうとめであるナオミの知恵と熟慮がその背景にはありました。その前提にはすべてを導いてくださる神への信頼がありました。もちろん、ルツとボアズの間に恋愛感情がまったく見て取れないのであれば、ナオミも自分の家の都合だけでここまでの計画は立てなかったでしょう。

 さて、自分の寝床に忍び込んだルツから話を聞いたボアズもまた知恵を働かせて、事柄が良い方向へと進むようにと思慮深い行動をとります。

 ボアズの口から最初に飛び出した言葉は、ルツへの祝福を神に願う言葉でした。今まで描かれてきた畑でのボアズの言葉や行動は、どれも一貫してルツの幸せを願う、配慮に満ちたものでした。ここでもまた、自分が中心ではなくルツを中心に物事を考えるボアズの姿が描かれています。

 次にボアズの口から出た言葉は、自分がルツをどう見てきたか、というルツに対する言葉です。

 「あなたは、若者なら、富のあるなしにかかわらず追いかけるというようなことをしなかった。」

 ボアズの畑で働く者の中には、ボアズよりもずっと若く、結婚の相手としてはより魅力的な人もいたことでしょう。何よりも、ボアズは今まで一貫してルツのことを「わたしの娘」と呼んで、歳の差を意識して来たことが伺われます。ここにルツと一定の距離を保とうとしてきたボアズの思慮が感じられます。

 けれども、ルツのとった行動を見ていると、そうした若者たちに目をくれる様子も見受けられませんでした。おそらく、ボアズはそういうルツを好意的に見ていたのでしょう。そのうえで、今夜、自分を選んでやってきたルツの行動を、今までの真心よりまさったものと感じました。

 さっそくルツの思いに応えて、ボアズは言います。

 「わたしの娘よ、心配しなくていい。きっと、あなたが言うとおりにします。」

 「心配しなくていい」とは文字通りには「恐れなくてよい」という言葉です。ここでも、ボアズはルツの気持ちに寄り添っています。ルツにしてみれば、どんなに信仰があったとしても、事の成り行きには不確定な要素がありました。ボアズの答えを聞くまでは、気が気ではなかったはずです。そんなルツの気持ちをボアズは察して、「恐れなくてもいい」と、そう声をかけます。そのうえで、「あなたが言うとおりにします」とルツの願いを聞き入れます。

 もちろん、ボアズはただ親戚としての義務感からそう結論したのではないでしょう。愛を伴わない約束ではなく、ルツの真心をしっかりと受け止めたうえでの約束です。

 ボアズは先に自分がルツをどう見てきたかを述べましたが、今度は、周りの人がルツをどう見ているかを話します。それは、ボアズが果たそうとしている約束が、世間的に見ても受け入れられるものであることを示して、ルツを安心させるためでした。

 「この町のおもだった人は皆、あなたが立派な婦人であることをよく知っている。」

 もはや、町のおもだった人たちには、ルツはモアブから来た異邦人の女ではなく、立派な一人の女性として認められていました。ですから、ボアズが約束を果たすには、何の障害も予想されません。

 ただ、一つだけ、問題がありました。それは、自分以上に家を絶やさぬ責任のある親戚が他にいるということでした。そのことを知っているボアズは、順序だてて事柄を解決しようと、冷静な行動をとろうとします。自分の思いよりも、律法の定めを優先させる冷静さです。

 ボアズはこれらのことをルツに話したうえで、なおルツに対する配慮に満ちた行動をとります。話が済んだからと言って、ルツを危険な夜に家に帰らせたりはしません。夜が明けるまで留まるようにと配慮します。しかしまた、人目に触れてあらぬ誤解を招かないように、人の見分けのつかない薄明りの明け方にルツを去らせます。

 そのうえルツを手ぶらで帰すわけにはいかないと、ボアズはたくさんの大麦をルツに持たせます。何から何までボアズは思慮深く配慮に満ちた行動をとります。

 帰宅したルツは、ナオミに問われるままに、ボアズのもとで過ごした一夜の出来事を残らず報告します。報告を聞いたナオミは、事の成り行きを見守って、じっとしているようにとルツに助言します。神を信じる故の大胆な行動と、同じく神を信じるが故の冷静に待つ姿勢とが、隣り合わせに描かれます。それは、思慮深く行動をとったボアズへの信頼の気持ちの表れでもあります。

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