キリストへの時間 2020年9月6日(日)放送

高内信嗣(山田教会牧師)

高内信嗣(山田教会牧師)

メッセージ: キリストしか勝たん



 おはようございます。高知県香美市にある山田教会で牧師をしています、高内信嗣と申します。どうぞよろしくお願いいたします。

 今どきの高校生と会話する機会があるのですが、なかなか会話についていけないことがあります。なんとか若い世代の会話についていきたいと思い、インターネットで調べたところ、「2020年上半期女子中学生・女子高生(いわゆるJC・JKの)流行語大賞」というものがありました。その中に「○○しか勝たん」という言葉が「コトバ部門」の中で見事一位に輝いていました。もう一度言いますね。「○○しか勝たん」。

 今どきの女子高生たちは「○○しか勝たん」の○○の中に、自分の好きなアイドルやアーティストを入れて、この言葉を使うのです。もともとは、女性アイドルを好む若者が自分の推しているアイドルの名前を入れて「このアイドルしか勝たんよね」と言って用いていたことが始まりだと言われています。そのフレーズが若者たちの間で広まっていき、自分の好きなものを褒めたたえる言葉となったということです。

 飲み物や食べ物を入れることもできるそうで、私は飲み物の中でコーラが大好きなのですが、こういう場合「ジンジャーエールもいいけど、やっぱ最終的にはコーラしか勝たんよね。」という風にいうことができるでしょうか。なかなか若者の言葉は面白いですね。自分の好きなものは、自分の中で他のどんなものよりも勝っている。こういう意味でしょう。この言葉を少しは理解していただけたでしょうか(笑)。

 さて、聖書にこういった言葉があります。「だれが、キリストの愛からわたしたちを引き離すことができましょう。艱難か。苦しみか。迫害か。飢えか。裸か。危険か。剣か。『わたしたちは、あなたのために、一日中死にさらされ、屠られる羊のように見られている』と書いてあるとおりです。しかし、これらすべてのことにおいて、わたしたちは、わたしたちを愛してくださる方によって輝かしい勝利を収めています。」(ローマ8:35-37)

 この言葉は、パウロという人が言っている言葉です。イエス・キリストというお方の愛からだれが私たちを引き離すのか。パウロはこう問いかけます。「艱難か。苦しみか。迫害か。飢えか。裸か。危険か。剣か。」しかし、それらのものであっても決してキリストの愛を私たちから引き離すことはできないと、力強く宣言しているのです。

 イエス様というお方は、あなたのために十字架で死んでくださいました。その死は、あなたの人生が死で終わることがないためです。イエス様が私たちの代わりに十字架で死んでくださったおかげで、私たちは死を迎えたとしてもそこで終わることなく、永遠に神様のふところで生き続けることになるのです。イエス様の十字架で示された愛に勝るものはありません。パウロの言うとおり、私たちはイエス様によって「輝かしい勝利」を収めています。

 パウロはさらに言います。「わたしは確信しています。死も、命も、天使も、支配するものも、現在のものも、未来のものも、力あるものも、高い所にいるものも、低い所にいるものも、他のどんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスによって示された神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのです。」(ローマ8:38-39)

 たとえ死であっても、現在のものであっても、未来に起こることであっても、力あるものであっても、イエス様によって示された愛から私たちを引き離すことはできない。どんなことがあっても、最終的にはイエス・キリストしか勝たないのです。若者たちの「○○しか勝たん」というフレーズは、○○の中に「キリスト」と入れることが一番正しいことだと思います。どんなことがあったとしても最終的には「キリストしか勝たん」。そのイエス様の愛があなたに注がれています。



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