キリストへの時間 2019年4月14日(日)放送

高内信嗣(山田教会牧師)

高内信嗣(山田教会牧師)

メッセージ: 思い通りの神様が欲しい…?

 おはようございます。高知県の山田教会で牧師をしております、高内信嗣と申します。

 本日から受難週という特別な一週間が始まります。イエス・キリストが人間を罪から救うために苦しみを受け、十字架で死なれたことを覚える一週間です。
 先ほど、お読みいただいた聖書箇所におきまして、イエス様はご自分のお弟子さんたちにはじめてはっきりと、御自分が多くの苦しみを受けて殺されるが、復活するということをお話しされました。

 ところがお弟子さんの一人であるペトロは「とんでもないことです。そんなことがあってはなりません。」と言いました。
 ペトロにとってそれは想定していなかったことでした。彼が思い描いていたイエス様は、歴史の中でずっと信じられていた英雄のようにして来られ、人々をお救いになる救い主でした。イエス様が苦しみを受けるということは、彼のイメージからは考えられないことでした。だからイエス様が苦しまれることを「とんでもないことです」と言われたのです。

 ペトロの言葉に対してイエス様は「神のことを思わず、人間のことを思っている。」とペトロにお答えになりました。「神のこと」とは神様がお定めになった御計画のことです。イエス様が苦しみに遭い、殺されるということは、神様がお定めになった御計画だったのです。ペトロは神様のお定めになったことよりも自分のイメージで思い通りのイエス様を思い描いていたのです。このことをイエス様は「人間のことを思っている」と言われました。

 これは決して他人事ではなく、私たちにはこういうことが良く起こるのだと思います。自分の思い通りの神様をイメージしてしまう。理想の神様像をつくり出す。しかし、想定していないことが起こるならば、なぜ神様がいるのにこんなことが起こるんだ。神様が自分を愛しているのにこんなことが起こるなんてあってはならない。自分の思い通りの神様が欲しい!こう思うことはないでしょうか。

 私たちはいつも自分の目線で人生を判断します。もう私の人生は真っ暗だ。神様に愛されていない。こう思ってしまいます。しかし、その目線で見るならば、イエス様もその通りだったのです。イエス様の人生もその目線で見るならば、挫折の人生です。最終的には裁判にかけられ、苦しめられ、十字架という重い刑にあったのです。

 人間の視点で見れば、失敗の人生。しかし神の御計画で見るならば、そのことを経て、イエス様は復活をされ、人々に命が与えられたのです。神様の目線で見るならば、イエス様の苦しみは、人々を救い出す素晴らしい人生だったのです。

 だから、私たちも人間のことを思わず、神様のことを思う時に、全く人生観が変わるのです。この自分のつたない汚れた人生だとしても、神が定められている以上、意味があるのです。神の目線で見るならば、私たちの人生は輝く生き方に変わるんですね。苦しみを受けられたイエス様が復活され、死からの勝利を収めたのならば、私たちの人生も神の目線で見る時、輝かしい勝利を収めているのです。

 今週、イエス様の十字架での苦しみを心に覚えます。それは神様の御計画でした。そしてその苦しみによって救われた私たちの人生も、ちっぽけであっても、苦しくても、神様の御計画の内にありますから、意味のある幸せな人生です。今日も神様の素晴らしい御計画に目を向けてみませんか。

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