リスナーからのお便り 2009年2月分

●今まで聖書を見たことありませんが、読んでみたいと思います。人はパンのみで生くるにあらず。一人の目覚めは世界を動かす。パンドラの箱に最後まで残ったのは「希望」である。NO FATE!運命は変えられる。神奈川県 S.I.さん

●…私は「一粒の麦」と言うと、アンドレ・ジイドの小説を思い出します。「一粒の麦もし地に落ちて死なずんば、多くの実を結ばん」と書いてあったと思います。中学の時読んで、今でも(40年以上経っても)はっきり覚えています。なぜか心に残る一節でした。そのときは意味が分かりませんでしたが、今は分かります。 イエス様の十字架は私のためであり、神様に近づくことが出来るようになったのです。永遠の命と希望があります。行く先が分かるのは幸せなことです。福島県 M.T.さん

●1月に洗礼を受けました。現在、私は作業所(障害者のいる)で働いています(クリスチャン夫婦と牧師の紹介で)。仕事、少ないけどがんばっています。山下さん、スタッフのみなさん、ぜひ遊びに来てネ。福井県 Y.U.さん

●主の聖なる御名を讃美いたします。私事ですが、昨年の12月に洗礼を受けました。教会に通い始めて約12年。改革派にお世話になって12年。長い求道期間でしたが、全てのことが益となっているのだなぁと実感しています。○○さんも洗礼式に出席してくださいました。これからも宜しくお願いいたします。埼玉県 M.U.さん

●(前略)家でも教会でもなく、移った老人ホームの母の部屋で…病床洗礼となりました。そこではキリスト教や洗礼式などとは無縁なのでよき伝道にもなりました。
 ラジオ伝道が母の心を養い、受洗まで導くとは考えていませんでした。私や母の思いをはるかに越えたところで神様は導いてくださっていたことを思いました。年齢(85歳)には関係なく神様の救いはあるとも思いました。母は少し遅かったと言いましたが、私がそんなことはない、これからだよと言うと、母は嬉しそうにニッコリしました。離れていても主が母のそばにいますので安心です。…母はショートステーの場で伝道の旅をしているようです。(後略)
「肺炎が 決めし受洗の 七日かな」 栃木県 S.M.さん

●(前略)聖書を、一人での解答を初めてお出ししました時の事でございます。それまでは教会でも他でも必ず相手のお顔が見えておりました。手紙でも相手のお顔は見えておりましたのに、解答ではお顔が見えないので何か大変不思議な気持ちで、不思議な解放を味わいました。そして私の間違いを赤ペンで指摘されましても、申し訳なさとか痛みが無いのです。こんなことはそれまで皆無で、そういう魂の世界のある事を知りませんでした。大変にラクとでも申しましょうか、解答を書くのが喜びとなりました。
 そうして何年も経ちました今の私が思いますのは、お顔が見えなかったのは、イエス様のお顔が見えなかったのだと気が付いたのです。ずっと人間の顔ばかり見ようとしておりました。一喜一憂を出てはおりませんでした。それをただしてくださいましたのが解答なんです。今年はひたすらイエス様に向かって書かせてくださいと祈っております。(後略) 静岡県 T.S.さん
 
Copyright (C) 2009 RCJ Media Ministry All Rights Reserved.