2018年6月1日(金) イザヤ58章 愛と真実で行動する


わたしの選ぶ断食とはこれではないか。
悪による束縛を断ち、軛の結び目をほどいて
虐げられた人を解放し、軛をことごとく折ること。
更に、飢えた人にあなたのパンを裂き与え
さまよう貧しい人を家に招き入れ
裸の人に会えば衣を着せかけ
同胞に助けを惜しまないこと。(イザヤ58:6-7)

 この時代のイスラエルの宗教は形式的には立派なものであったようです。聖書を調べ、律法に従って断食を守り、神に近づくことを喜んでいました。百点満点のようですが、「どうして神は見てくださらないのか」という言葉で、心の本質が明らかになります。(3節参照)。

 そこには、宗教行為を自分の得点と認めていただき、神の御業を催促し、結果として神を自分に取り込もうとする心があります。自分の思いが中心となり、神の示しておられる御旨と比べて、反省することがなく、従おうとする意識もありません。どうもこれは、無意識にそうなっているようです。

 心が悔いて砕かれると、神との新しい関係が始まります。それは本人だけに留まるものではなく、隣人に対する関係も愛と憐れみに基づいたものに変わります。結果として、本日の聖句のような行為になるはずです。

 きょうも新しい一日が始まりました。神に個人的に向き合うだけでなく、その結実として、隣人に対して愛と真実をもって行動しましょう。神はそれを喜んでくださいます。