2013年11月21日(木)ローマ5章 罪と死を克服するキリストの義と命


そこで、一人の罪によってすべての人に有罪の判決が下されたように、一人の正しい行為によって、すべての人が義とされて命を得ることになったのです。(ローマ5:18)

 最初の人アダムは神との契約に入れられ、永遠の命に生きるように導かれたにもかかわらず、それに違反し、罪を犯して、神に対して有罪となりました。彼は決して単独存在ではなく、人間共同体の代表、また頭でした。そのため、彼の有罪性は、その共同体のメンバー全員のものとなり、こうして、万人がアダムにあって、神の前に有罪となりました。そして、罪に対する神の刑罰である死が、人に与えられました。

 しかし「最後のアダム」であるイエス・キリストは、神に対してアダムの立場に身を置き、神の律法、つまり、神の意志とその要求とを遵守し成就されました(1コリ15章45節)。神はこのキリストを死から復活させることにより、義と宣言されました。そして、神は、キリストを信じる者たちにキリストの義を与え、彼らを義と認めてくださり、キリストの復活の命に生かしてくださったのです。

 後から来たキリストにある義と命は、初めにあったアダムゆえの罪と死を圧倒したのです。私たちは、神の恵みにより、このキリストを新しい代表であり頭とする共同体のメンバーとされています。