2011年10月22日(土)マルコ10章 見えるようになりたいのです


イエスは、「何をしてほしいのか」と言われた。盲人は、「先生、目が見えるようになりたいのです」と言った。そこで、イエスは言われた。「行きなさい。あなたの信仰があなたを救った。」盲人は、すぐ見えるようになり、なお道を進まれるイエスに従った。(マルコ10:51-52)

 主イエスの一行がエリコの町に着いたことを知った盲人バルティマイは声の限りに叫びました。「ダビデの子イエスよ、わたしを憐れんでください。」人びとが叱りつけても彼は叫び続けます。主はそのバルティマイに「何をしてほしいのか」と尋ねました。バルティマイは「目が見えるようになりたいのです」と答えます。

 主イエスから同じ質問を受けた二人の弟子ヤコブとヨハネは「栄光をお受けになるとき、わたしどもの一人を右に、もう一人を左に座らせてください」と答えています。二人は自分たちが何を願うべきか、わかっていなかったのです。しかし、バルティマイはその見えない目で、救い主イエスをはっきりと見つめています。二人の弟子に見えなかったものをバルティマイは見ることができたのです。

 バルティマイは、主イエスによって、その肉の目を開かれ、やがて彼は十字架の主イエスを見る者とされます。信仰の目を開かれ、主が見える者とされることを私たちは願います。