2009年4月16日(木)ヨハネ20章 不信仰を打ち破る


トマスは答えて、
「わたしの主、わたしの神よ」と言った。
イエスはトマスに言われた。
「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」(ヨハネ20:28-29)

 復活の主イエスは、私たちの信仰を回復してくださいます。とくに、それが、猜疑心の強いトマスとの出会いの物語にあらわされています。

 トマスは、弟子仲間の主を見たとの報告を信用せず、わたしの目で、わたしの指で、わたしの手で確認しなければ、「決して信じない」と言い張ります。人の言葉を鵜呑みにするのではなく、自分の目で見て確かめる態度は、あながち非難されるべきことではありません。主イエスは、そのトマスに対して、御傷を示して、「信じる者になりなさい」と言われました。トマスが信じるためには、主のこの行為が必要でした。トマスは今生きておられる主を目の前にして、「わたしの主、わたしの神よ」と告白する以外ありませんでした。

 ところで、手で触れることができる事実として起こった復活は、今は、聞いて信じるべき信仰箇条になっています。もし、今、目で見て手で触れることしか信じようとしないなら、人は本当に大切なことを見失ってしまうでしょう。復活の主は、一歩踏み出して、見ないのに信じる勇気を持ちなさい、と疑り深い私たちを招いておられます。