2019年9月15日(日) タピるのもいいけど

 おはようございます。高知県香美市土佐山田町にある山田教会の牧師をしております、高内信嗣と申します。どうぞよろしくお願いいたします。お近くに来られた時はぜひ、山田教会にお立ち寄りください。お待ちしております。

 さて「タピる」「タピりたい」という言葉を聞かれたことがあるでしょうか。いわゆる「現代語」であり、若者たちを中心に使われている言葉です。私は最初に聞いたとき、何が何だか全く分かりませんでした。実はこの言葉、「タピオカドリンクを飲む」「タピオカドリンクを飲みたい」という意味で使われている言葉です。昨年は特にタピオカドリンクのお店が続々とオープンし、「タピオカ戦国時代」とも呼ばれるようになりました。台湾で人気のお店が東京や関西に進出するなどして話題になり、女子中高生たちの間で「タピる」という言葉が広く使われ始めたのです。例えば「今度、新しくタピオカドリンクのお店がオープンしたから、放課後タピりに行こうよ。」という風に用いられるそうですね。若者たちの言葉は本当に奥が深いと思います!!

 昨年関東方面に行ったときに、友人とはじめてタピオカドリンクのお店に行ってきました。平日でしたが、お店の外まで並ぶ大行列でした。あらためてタピオカドリンクの流行ぶりに驚かされました。大行列を並んでまで多くの人は「あの一杯」を求めるのです。タピオカドリンクを飲みたい!タピりたい!その一心で並ぶのです。

 ですが、実はタピオカドリンクに劣らない、いやタピオカドリンクよりもすぐれたドリンクが聖書の中には出てきます。それはイエス様がくださる水。「タピオカドリンク」に対抗して言うならば「イエス様ウォーター」とでも言えるでしょうか。この水は本当に素晴らしい水なのです。

 聖書にはこうあります。「だれでもこの水を飲むものはまた渇くが、わたしが与える水を飲むものは永遠に渇かず、わたしが与える水は彼のうちに湧き水の泉となって永遠のいのちに到らせよう」(ヨハネ4:13-14・私訳)

 言うまでもないことですが、水という飲み物は大変重要です。私たちの生活に深く関わっています。私たちは水がないと生きていくことができません。水は私たちの渇きを潤します。しかし、それは一時的です。タピオカドリンクも一時的に渇きを潤すことができますが、時間が経つとやがて、私たちは渇きます。

 さらに厄介なのは、魂の渇きです。私たちの心の寂しさ、怒り、苦しみ、失望。魂の渇きは生涯、私たちが抱えているものなのです。一時的な娯楽でその渇きを和らげることはできるかもしれません。しかし、いつも魂の渇きは私たちに襲い掛かってきます。そのような魂の渇きを潤すもの。それはイエス様がくださる命の水しかありません。この水を飲むものは決して渇くことがないと、イエス様は断言します。その水はイエス様の愛とでもいえるでしょうか。イエス様の愛は私たちの傷をふさぎ、私たちに新しい命を与えてくださるのです。

 若者たちは、あの幸せな一杯をタピるために、心躍らせながら大行列を並びます。タピるのももちろんいいですが、タピるよりもさらに素晴らしい、イエス様が与えてくださる命の水の一杯を心躍らせながら受け取ってみませんか。


【番組プレゼント】「使徒信条」CD2枚セット(10名)
【締切】9月21日  ●申込はこちら