2019年10月12日(土) ドクター李密(リミツ)

 お早うございます。魚本です。
 オリンピックの年まで、政府は海外からの観光客4000万人を目指しています。
 奈良時代も国際交流が盛ん。正倉院に10,000点以上のものが保管。シルクロードの産物。752年に東大寺の大仏建造祝いに約10,000人が参加、と。インドやペルシャからも。

 797年に完成された「続日本紀」(しょくにほんぎ)によれば、736年にペルシャ人で医者と思われる李密さんが朝廷で歓迎された、とあります。また「景教」(景色の「景」。つまり、東回りのキリスト教を意味すると思われる)「景人」たちも伴なった、とある。これはクリスチャンを指す、日本に於ける最初の記録かも知れないと、キリスト教年鑑にあります。あり得る話です。当時、インドやシルクロード沿いに、沢山のクリスチャン部族がいたのです。

 心の「汚れ」を指して、聖書は「義人、正しい人はいない。」と主張します。天に戻られたイエスの栄光に満ちた姿は、「(ヨハネの)黙示録」に描かれています。そこに、イエスが言います。「私は死んだが、世々限りなく生きています。死と陰府の鍵を持っています。」と。

 天地の造り主しか言えないことばです。このイエスに全てをかけて下さい。ありがとうございます。