2018年3月14日(水) 神を信じて

 皆さんお元気にお過ごしですか。私は茨城県つくば市東谷田部東中斜め向かい、筑波みことば教会牧師の小堀昇です。運転中の皆さん、どうぞセイフティドライブでお出かけください。朝のお忙しいひと時、少し皆さんお耳を傾けて頂けませんか。

 さて、子供は自由を履き違えている。まあよく言われますけれども、それは、私たち大人も同じです。その最たるものは、信仰の自由という真理です。私たちは、信仰の自由を、本人が好きに、神々を信じてよい自由、どの宗教を選ぼうが本人の自由だと。即ち、信仰の放任、信仰の放縦と誤解した結果、皆さんには驚きかもしれませんが、何を信じていてもかまわない、そう思っておられる人もたくさんいるのが事実なのです。私はクリスチャンですが、例えば、子供には、信仰を強要しません。こういうふうに臆面もなく憚らずに言う親がいる始末です。

 しかし信仰の自由とは、まことの神と、救い主、主イエス・キリストを信じようとする人々が、異教のローマ帝国や、ローマカトリック教会の腐敗した弾圧の中で、勝ち取ってきた貴重な宝、貴重な真理ということができます。偽りの神々を信じていくことは、自由ではありません。それは霊的な束縛です。ですから、そこから救い出して差し上げること、それこそが私たちに与えられている使命ではないでしょうか。

 人は、神のかたちに、神のイメージにつくられています。それほど、人は崇高な存在、尊い存在なのです。どうか、あなたも、真の神を信じて、一回だけの人生80年、29200日、祝福に満ちた人生を送ってください。それではまた御機嫌よう。